糖尿病治療薬メトホルミンの効き目を左右するSNP

年末忙しくて論文読めなかったので読むために記事書いてる感じです。メトホルミンの効き目がわかるSNPが発見されたとのこと。それだけでは申し訳ないのでUKPDSについて一説ぶちます。今回オモシロイと思ったのは、ついにUKPDSがGWASに手を出したということもある。

http://www.nature.com/ng/journal/vaop/ncurrent/full/ng.735.html

UKPDS

UKPDSは1977-1991年までに集められた糖尿病患者についてのイギリスの大規模コホート研究。とても有名な臨床研究で、なにがすごいかというと、世界で初めて糖尿病患者の血糖値を下げることが体に良いということを証明したということが挙げられる。ネットにも情報はゴロゴロころがっている有名な臨床研究。

http://www.dm-net.co.jp/daikibo/6_ukpds/
http://www.ne.jp/asahi/get/di/study/ukpds.html

なんと!それまでそんなこともわからず血糖値を下げていたのか!ハイ。疫学的に言うなら、そう。もう少し正確に言うと、若い人に起こる1型糖尿病については、血糖値下げなければ死ぬので、下げる必要があることは当然分かっていた。1型糖尿病はバンティングとベストのインスリンの精製まで、致死的な病気だった*1。ところが大人がかかることの多い2型糖尿病については、下げるのが本当によいのかどうかはわかっていなかったのだ、ほんの20年くらい前まで。わかっていなかったというと語弊はある。医者の経験上明らかにいいだろうと思われていたが、それは科学的な観察ではなかったということである。

「医者はもともと経験上いいって思っていて、それがそのまんま確認されただけなんでしょ?そんなのどうでもいいんじゃない?医者の勘は正しいよ。」・・・などと言う人はここを読む人にはあまりいないとは思うけど、これに関してもきちんと説得力があったのがこの研究の凄かったところ。

まずこの研究が何を示したかというと、インスリンスルフォニルウレア薬メトホルミンという当時使用可能だった糖尿病治療薬のどれを用いても、血糖値を下げることにより糖尿病性網膜症(日本での失明の最大の原因)、糖尿病性腎症(日本での人工透析の最大の原因)、糖尿病性神経障害(他の二つと比べて怖くなさそうに見えるが、感覚が分からなくなって、こたつで低温火傷してじゅくじゅくと悪化して足切っちゃったりする人もいる)の三大合併症の発症頻度を減少させることができることを世界で初めて証明したということだ*2。糖尿病の血糖降下療法の効果の証明とはこのことを言う。血糖値を下げるというのはなんのために下げているかというと将来失明しないために下げているわけだが、治療により将来失明する可能性が小さくなるということが初めて証明された。また糖尿病治療薬を使ったことにより、薬を使っていない人(食事療法群)と比べて死亡率が上がる、ということはないことも確認された。ホメオパシーの人見てる〜?ただし副作用としての低血糖は、薬を使わず糖尿病を治療している人と比べれば、やはり起こる。

実は糖尿病患者の「合併症」というのは上に挙げた三大合併症だけではない。心筋梗塞脳梗塞閉塞性動脈硬化といった大血管の病気も糖尿病患者ではとても起こりやすく、また悪いことに重症度が高い。血糖値を下げる薬たちは、これらの大血管合併症に対する予防効果はなかったのであった。これも重大な知見だ。

さらに面白いことに、血圧降下療法は、糖尿病薬と違って、三大合併症を抑制するのみならず、大血管合併症のリスクをすら下げていた上、それぞれのリスク抑制効果は非常に強かった。人によってはこれこそがUKPDSの最大の成果とも言う。これはのちに、糖尿病患者で血糖だけを見るのではなく血圧、コレステロールも総合的にしっかりと下げていくという治療につながっていく。

さらに細かく見ると、肥満の糖尿尿患者ではスルフォニルウレア薬はどうも三大合併症の予防効果すらないようだった。いっぽうメトホルミンは、肥満患者においてよりこの予防効果が強かった上、大血管合併症の予防効果すら認められた。すなわち、メトホルミンは糖尿病の大血管合併症を予防する、この時点で唯一の糖尿病治療薬だったのだ。メトホルミンというのはフランスでつくられた薬で、日本も含めUKPDSが出た時点で既に古い薬であった、というかアメリカでは認可されてすらいなかったのだが、アメリカも急遽認可し、欧米でメトホルミンの使用が爆発的に増大した。

メトホルミンと日本

てなわけで、少し熱くなってしまったが、UKPDSとメトホルミン、というのはこのように歴史的な出来事であったのだ。これは製薬会社の新薬をほぼ含まない純粋な臨床研究であったにもかかわらず、世界を変えたとすら言える。UKPDSがあったおかげで命を救われた何万という糖尿病患者が今を生きている可能性がある。

実を言うと日本では、UKPDS後も相変わらずメトホルミンは使われず、αグルコシダーゼ阻害薬(グルコバイ/ベイスン)というUKPDSの検討には入っていない薬と、UKPDSに使われたオイグルコンやアベマイドではなくアマリールという新しいスルフォニルウレア薬と、そしてわれらが日本の武田が新たに創薬したアクトス(そのちょっと前には三共のノスカール)が治療薬の主役になっていた。もうちょっと後ではスターシス/ファスティックも加わるものの、欧米がものすごい勢いで使っていたメトホルミンは使われなかった。この理由は以下のようなものが挙げられる。

  1. 日本の医者は、製薬会社が接待してくれるので新薬を使いたがる。
  2. 日本の医者はエビデンスを軽視している。
  3. UKPDSでメトホルミンが効果を示したのは肥満患者である。日本には肥満の糖尿病患者は少ない。
  4. 欧米ではメトホルミンは、治療効果があるまで2500mgまで増量できる。日本では750mgまでしか許可されておらず、血糖値を下げることができない。
  5. メトホルミンには乳酸アシドーシスという重篤な副作用がある。使いたくない。

というところかな?(1)はまあないこともないのが悲しいところ。医者嫌いの人はここを焦点に叩きたがるだろうけど、しかし本質ではない。本当に患者さんのためになると感じたら普通の医者はやはり製薬会社を無視するものである。実際のところ患者さんに取っては大差ない、というレベルのところでお気に入りのMRの薬を使おうということになっている気がする。これは実のところ効果に大差ない薬をボコボコ新薬として承認してしまう厚労省の行政態度にも原因がある、カルシウム拮抗薬とかね。

(2)は残念。日本の医者はたいてい英語をスラスラ読めることはないので、世界医療が変革しつつあるという情報が回るのが遅かったのではないかと思う。実際、欧米に遅れること十数年、日本の医者は今かなりエビデンスを重視するようになってきている。

(3)は妥当である。ただ、それでもなお、肥満患者にすらメトホルミンはあまり使われていない。

(4)は厚労省の問題。なかなか医師が臨床研究を行わない(行いにくい)のもあるが、アメリカはものすごいスピードで認可したってのもあるし、やっぱり政治の問題が大きい。2010年ようやく解決された・・・ら、その薬メトグルコはなぜか「新薬」扱いだった。おーい。しょうがないのかなあ。

(5)がこの問題の、実は本質。日本の医者の一般的傾向として、ほんの少しでも重大な副作用の可能性があるなら、たとえ効果が他より強いとしても使うことを避ける傾向がある。ゼロリスク社会では、正直このほんの少しの重大な副作用により、訴訟を起こされる可能性があるからだ。「重大な副作用がある薬」という情報は、薬の名前と共にかなりの優先度を持って記憶される。まっ実際患者さんのために必要なことではある。

しかし実のところ、UKPDSが示したのは、そのメトホルミンとインスリン/オイグルコン/食事療法で、副作用に統計的な差はないということだったのだ。実のところメトホルミンは、その他の同じ系統の薬*3と比べてどうも乳酸アシドーシスはほとんど起こさないのではないかと考えられている。いろいろな合併症、特に腎不全や呼吸不全の方に使わないということをしっかり守ればだ。(2)とも関連するが、日本人は基本的に可能性を定量できないところがある。

といろいろ書いたがまあこういう義憤というのは以前は大いに感じてたけど、今はだいぶ状況は違ってきていそうです(現場にいないのでわかりません)。

とりあえず分けよう。次UKPDSサンプルが証明した、メトホルミンの効き目を左右するSNPについて。

*1:それでもなお、とりあえず死を免れるというレベルではなく、さらに血糖値を正常に近いほどに保つことの意味はDCCTを待たねばならなかった

*2:具体的には、HbA1c 7.9%を目標とした治療よりも、7.0%を目標としてより下げたほうが三大合併症の頻度が少なかった

*3:ビグアナイド。未だに世界で唯一、中国で使用されていると噂される副作用最強のフェンホルミンや、やはり副作用が多いが日本で未だに使用されることもなくもないブホルミン=ジベトス。今調べたらフェンホルミン、個人輸入があるようですが、死にますよ本当に。