知能と遺伝の研究:アップデート

こんな記事があった。インテレクチュアル・ダーク・ウェブというのがあるのだそうだ。

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/59351

これを呼んで、ふと、論文を紹介したいと思った。これらは強烈な研究成果である、と、私は思っているのだが。日本国内的には特に注目はされていないように思う。

これらは科学雑誌としては、昨年度に公開された結果である。

2018年6月に、27万人のゲノムデータを用いたのIQについての遺伝解析結果が報告された。

https://www.nature.com/articles/s41588-018-0152-6

わかりやすい研究結果を列挙すると

  • 269,867人を用いたゲノム解析により、IQの多様性に関わる遺伝的座位205箇所発見した。
  • ありふれた遺伝的バリアントによって、IQのばらつきの19%程度が説明できそうだ。
  • 候補遺伝子は(当たり前だが)中枢神経系で発現する遺伝子であることが多く、特に線条体の中型有棘ニューロン、海馬の錐体細胞で発現。
  • メンデルランダム化試験(MR)により、IQが高いとアルツハイマー病・ADHDになりづらいが、自閉症になりやすい可能性を示した。

あとはパスウェイ解析とかしている。

どうもバイオロジカルな解析に終始しており、アルツハイマー病などもMRを示すのみで安全運転の印象のある論文であった。

日本では、そもそも私の知る限り公に研究すらされていない、IQについてのゲノム解析であるが、遂行が困難であることは欧米でも同様だと思う。中国あたりがさらっとやっちゃうかと思っていたが、結局欧米が先んじた。

さてこれは良かったのだが次の成果は波紋を呼んだ。

https://www.nature.com/articles/s41588-018-0147-3

これは業界的には、商業誌が掲載した世界初の100万人ゲノム解析、として話題になったが、むしろ内容の方が色々難しいところがある論文だ。

  • 1,131,881人を用いたゲノム解析により、学業達成度(学歴)に関わる1,271箇所の遺伝的座位を発見した。
  • 694,894人を用いたX染色体解析でも、10箇所が学歴に関連していた。
  • 22,135人の家系データを用いて、上記解析結果を再現することを確認した。
  • 今回発見した学歴に関わる遺伝的バリアントを用いて、学歴を予測する遺伝的スコアを構築した。Add HealthとHRSという、ゲノム解析には使用しなかった二つの独立したコホートで、この遺伝的スコア予測率を確認したところ、スコア5分位最上位では大卒率がいずれも50%前後、5分位最下位では大卒率が10%前後だった。高卒率にはそこまでの差はないが、やはり5分位最上位で90-95%、最下位で70-85%という差があった。
  • 欧州系集団のゲノム解析から構築された遺伝的スコアであり、欧州系集団以外の学歴の予測能力はこのように高くないと予測される。

学歴は生まれつき予想できちゃう。ただ、これは集団としての平均値であって、個人の運命を決めるようなものではない。だけど、集団としてはこのようには観察された。

生まれつき学歴がほんの少しでも、集団としてであっても、予想できるだけでも、ポリコレ的には微妙感で満載だが、より社会的に問題なのは、遺伝が原因だということは、両親が学歴が高いなら子も学歴が高くなりがち、というのは、社会階層だの与える教育の問題だけではなくて、遺伝によって決まる部分もある程度、無視できない大きさで、あるということかと。実際にはそれぞれが複合的に絡み合うだろう。しかし、ずっと昔に書いたが、基本的に学歴のような多因子形質は、遺伝因子と環境因子の影響を受けるが、教育機会均等化などをするというのは、環境因子の影響が小さくなることを意味する。もちろんそれを狙っているのだ。しかし、それをするとますます遺伝因子の影響度は強くなるのである。それは社会階層の固定化を意味する。

ただし、実はこのような学歴の遺伝的効果にはドミナンス効果があることが示唆されており

https://www.nature.com/articles/nature14618

だとすると、鳶が鷹を産むことには特に不思議はない(遺伝学的には)。(学歴についての)社会階層は、ドミナンス効果によってシャッフルされるだろうと期待できる。「ゲノム情報によって決まる」ということと、「親から子に形質が遺伝する」ことはイコールではないのである。ただ、この研究成果はその後のフォローがあまりされていない。私は好きな研究なのですが。

ところで、Plominさんという、一流の遺伝学者が、何やら本を書いたそうだ。

https://www.amazon.co.jp/dp/B07K9KXVM5

これがまあ、ここら辺のことを少し書いた本ではあって。そういうことを社会的に発信すると、やはり怒る人が出てくるわけです。

https://www.nature.com/articles/d41586-018-06784-5

勘違いすべきでないのは、ここら辺の議論と、Watsonが「黒人は白人より知能が低い、遺伝子が理由で」とかいうとんでもない差別発言とはわけが違う、というところなのです。少なくともPlominもComfortも、社会を良くするのはどういうことかという議論をしているのだから。Watson発言は、その科学的妥当性にかかわらず、個人についての差別につながり、しかも社会を特によくするように思えない。もしも白人であるワトソンがこれについて発言するなら、アジア人のことを述べればよかった。そして名著DNAでは、そうしていたはずなのに。やっぱりWatsonは、単純に、耄碌しているんだと思う。アジア人である私はもちろんこれについて何も述べません。

などと思いつつ。