不老長寿の薬の話(まじめな話)

前回のエントリが妙な反響を呼んでしまい反省。今後は自重します。

オーダーメイド関連の次の投稿までのあいだに、今日これおもしろいなーと思ったのをリンクしときます。

これはスタチンという薬についての話ですが、スタチンとは高脂血症治療薬の一つの種類で、メバロチン、リポバス、リピトール、リバロ、クレストールとあとジェネリックの薬があります。メバロチンを開発した日本人の遠藤章先生はラスカー賞を受賞されています。

Should Anyone Not Take a Statin?

In a meta-analysis, benefits of statins outweighed risks, even in the healthiest patients.

http://general-medicine.jwatch.org/cgi/content/full/2012/612/4

リンク先の文書によれば、ほとんどどんな人が飲んでもスタチンは5年後の死亡率低下を来すであろうとのことです。

それで、つまり長寿をもたらすってことです。だれが飲んでも。

意外に思うかも知れませんが、このような薬は他に存在しません。

医者や生命科学関連の仕事している人は「そんなの知ってるよ」と言うかも知れませんが、疫学的に精緻に考えると、最も正常に近いレベルの人についてのエビデンスという意味ではこれは初めてに近いです。メタアナリシスでなくてもよいなら、クレストールが中等度hCRPの人についてのエビデンスをすでに出して、アメリカで「動脈硬化症」という意味不明の適応症を獲得していますが。でもこのメタ解析はそれよりもなお健康な人における効果推定となっているようです。

スタチンはかつてがん発症を引き起こすのではないかと疑われたこともあったものの、最近までの報告を総合すれば、それを積極的に支持する結果も特にありません。

東洋世界では徐福を蓬莱に使わせた秦の始皇帝以来、また西洋世界ではギルガメッシュ以来、この世の人間どもは不老不死の秘薬を追い求めてきたわけですが、現代の世界において、不老不死とは言わないまでも長寿の薬はなんであろうかと問われれば、それはスタチンでございましょう。

どれくらいコンセンサスのとれる意見かわかりませんが、私の周りの日本人やアメリカ人の医者で「まあそうだよね(苦笑)」という話をしていたことはあります。たぶん「まあねー、まあそうかもねー」くらいの(興味無さそうな)反応は得られるものと思う。

実際のところ、ほとんど誰にでもいい薬なんじゃねの、ってことで、イギリスやカナダなどは薬局で普通にスタチンを販売しようかなと計画していたことがあります(その後どうなったかよく知らない)。まあもちろん、処方箋薬となると医療保険の適用になるので、その範囲を狭めたいっていう思惑のもとでのことですが。

まあでもこれは話半分に聞いておいて下さいな。

スタチンは基本的には心血管疾患の予防に有効な薬で、アメリカは現在異常に心血管疾患が多い国であります(アメリカ食文化のせいです*1)。したがって、そのように前提となる環境が異常な国においては誰もがアドバンテージを得られる薬などというものが存在しうるが、まともな食生活環境をもつ国、日本やフランスなどでは特にそんなことはないという可能性があります(統計の基本から考えるとなんとなくそう思います)。

「異常」というのは、自分を正常と考えて相手を「異常」とみなす考え方なわけで、まずアメリカ人は肉ばっか食ってるのに心筋梗塞の少ないフランス人を「お前らおかしい、フレンチパラドックスだ」と言ってそれはワインのポリフェノールのせいだとか言ってました。この件は決着ついてないです。次に、ギリシャ人やイタリア人が人生楽しそうに適当に生きてるのに心筋梗塞が少ないのは異常だということで「それは地中海独特の食事(魚介類、オリーブオイルを主体としたもの)にあるんだ」と言って、どうやらこれはたしかにそのようです。地中海風の食事をとることはアメリカでも推奨されています。最後に日本が、日本の日本人 - ハワイの日本人 - カリフォルニアの日本人、と比較するとその順番でどんどん心筋梗塞リスクが挙がることから、日本の食事にいいものがあるんじゃないのか、「それは魚だ!魚に含まれるω3脂肪酸だ!」とか言ってたわけで、これもどうやら正しいだろうということになっています。

でも、これ裏から考えるとわかると思うんですが、フランスやイタリアや日本に特別いい食事がある、んじゃなくて、「アメリカが単独で食生活が特別悪い」だけですよね〜。

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ちなみにアメリカだと長寿薬として、これにくわえて「アスピリン」が挙げられるものの、これもまた違いを考慮しないといけません。基本的にはピロリのせいですが、もしかすると遺伝的要因も何かあるかもしれませんが、日本には胃潰瘍が多く、アスピリンの主要な副作用は胃潰瘍ですので、長生きするために薬を飲んで死んでしまったりするかもです。

まあいずれにせよ言えることは、日本は現時点では、妥当な疫学研究が少なすぎてよくわからないです。アメリカ人にとってはスタチンが「長寿の薬」と言えることは多分間違い無いとは思います。

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この話は一応、オーダーメイドの最後の方に出てくる予定であるスタチンの話とリンクする予定です。

*1:例としては、50年前と比べて、1ドルで買えるベーグルの量が貨幣価値を換算しても数倍に達しているそうで、環境がもたらしている肥満がそのまま心血管疾患を引き起こしているとのこと