ぼくのかんがえた「日本の主要なコホート研究」

冨田先生が個人ゲノムを公開したとのことで、

http://www.keio.ac.jp/ja/press_release/2012/kr7a4300000aubbx.html

ここにひっかかるところがあったので。

冨田先生はもちろん有名な方です。E-cellの人でしたね。しかし遺伝統計学者ではないのですが(こういったことで国立遺伝研の相変わらずのプレゼンスの小ささってなんなんだろう、ほんとにヒトに興味ないんだなあ・・・)。わたしが今おりますこちら欧米では、こういう話はすべてかならず遺伝統計学者がやってるんですけどね。

さて、そのプレスリリースにコホート研究の重要性が述べられており(ゲノム研究の歴史を概略で述べながらゲノムワイド関連研究(GWAS)を完全にスルーする時点でかなり政治的な文章であるっぽいですが)、その点についてはまことに同感でありますが、その中で

現在我が国における主要なコホート研究は以下の通り。
「子供の健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」
http://www.env.go.jp/chemi/ceh/
東北メディカル・メガバンクコホート調査
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shinkou/026/gaiyou/1321811.htm
IABなどによる山形県鶴岡市におけるコホート調査
http://yamagata-np.jp/news/201201/28/kj_2012012800772.php

http://www.keio.ac.jp/ja/press_release/2012/kr7a4300000aubbx-att/120731_1.pdf

ほう・・・

エコチルとメガバンクってまだ追跡はじまったばかりかはじまってないくらいですね。「山形県の・・・」っていうのは冨田先生の自前のコホートらしい。これについては聞いたことすら無かった(不勉強ですいませんね)。

これを「現在我が国の主要なコホート研究」として挙げるなんてひどいと思います。コホート研究のキモはサンプルが集団を代表し十分な大きさがあるか、研究の方法と因子とアウトカムの定義が明確であるか、そして追跡年月の長さが挙げられると思いますが、この中で「追跡年月の長さ」が充分であるものなんて一つもないぞ〜。

たとえば「世界の主要なコホート研究」っつったらフラミンガムが絶対あがります。フラミンガムってもう60年を超えるんですよ、追跡期間。もちろんスタート時コホートの子供、孫、・・・を追いかけることでこの年月になっていますね。「コレステロールが体に悪い」を確立したのがフラミンガムです。それからイギリス・フィンランドの有名な出生コホートなども50年を超えています。GWAS分野でイギリスが大成功しているのですが、その理由の一つに1958年出生コホートというきわめて均質で集団をちゃんと代表するコントロール集団の存在があることは、遺伝疫学者には広く知られています。

私が考える「現在我が国における主要なコホート研究」は以下のとおりです

  1. 久山町研究。論をまたない、高い剖検率を誇り、50年を超え、日本で唯一超長期間にわたって維持されている一般集団追跡コホート。日本の科研費の出し方でこれを維持するのって本当に大変なことです。サンプルサイズがちょっと小さいので、センセーショナルな発表が余りありませんが、一つの街の集団追跡でもあり、正確な疫学的推定を行うという意味では今でもこれが日本で最も優れたコホートであるとおもいます。
  2. 広島・長崎原爆被曝者コホート。原爆関連だからってこれを主要コホートに入れないならば、コホート研究の意味をわかってないと言えます。日本が世界に誇る長期追跡コホートで、問題となっている被曝とがん発症との関連のほとんどはここから得られているわけです。これも追跡期間50年以上になるはずです。
  3. がんセンター多目的コホート。いろいろサブ集団があって僕もよくわかんないんですけど、一番古いものは20年を超えているはず。日本人で「がんと◯◯が関連していた」なんていう新聞報道の多くはここから出ているはずです。

生活習慣病放射線被曝、そしてがんというそれぞれについての「日本の主要なコホート研究」を挙げました。もちろんこれでも異論はあるでしょうが、それにしても、エコチルとメガバンクとあとなんか一つを「日本の主要なコホート研究」として挙げるなんてことはないだろう。

まあどうでもいい話かもしれませんね。ただ私は、優生学の再興を完全に押さえ込むには遺伝学者は常にフェアでなければならないと思っているので、こういうアンフェアなリストを挙げちゃう人っていうのはどうも目についてしまいます。

追記

エコチルとメガバンクについても一応概略説明を加えます。「山形県の・・・」ってやつほんとに知らないんですすいません。ゲノムで言うなら京大長浜コホートなら知ってますけど。

  1. エコチル。これは国際協調の中から生まれたコホート研究で、出生コホートの一種です。たしか環境省の主導だったと思いますが、子供時代に経験する様々な環境因子の、その後のアウトカムへの影響を、出生前から始めて縦断的に調べるというもので、全国津々浦々の機関が参加しています。よく計画されたいいコホートになりそうです。WHO主導で、世界各地の同様のコホートが協調的に進めていくことになっているようです。古典的コホートですが、ゲノムもやるという噂を耳にします。被災地の機関の参加もあって、被災前にスタートしていれば胎児期の、大規模災害下ストレスや低線量放射線曝露の影響も正確に推定できたかも知れませんが、こういうのは言い過ぎると人体実験のそしりを受けてしまうのでこれでよしとしたいです。
  2. 東北メディカルメガバンク。身も蓋もない言い方をすると、東日本大震災後の復興計画の一つとして国から東北大にガツンと言ったお金から生み出されたプロジェクトであったと思います。三世代家系データを軸にゲノムなどオミックス情報をふんだんに取り入れていく方針だそうで、現代型のコホートを目指しているようです。特にゲノム解析する際には家系があるのは結構大きい一方、解析上の困難もかなり出てきますが。復興の意味合いを兼ねてか、「人材育成」をかなり強調してるのも特徴的に感じます。

いずれにせよこれからやるという話です。一般の国民のみなさまに役立つ情報が出るのは最低5-10年後の話だと思います。

ブコメで端野・壮瞥を挙げていただきましたが、大迫とかもありますね。こういうのは主要コホートとして挙げてよい研究だと思います。