閑話休題

英語の正当性について少し所感を述べたいと思います。バカげた話が横行してる気がするので。

フランス語について

フランス語は「正統性」を問われる言語だということになっていて、その正統性はアカデミー・フランセーズ l'Académie françaiseが決めることになっています。枢機卿リシュリューが創設した古い機関で、大革命前後にはさすがに一度消えたようですがまたすぐに復活したという歴史あるところです。

なってるっつってもまあ言葉なんだからいきものだからそう簡単には行かないでしょうが、それでも有名どころでは、フランスではパソコンのことをパソコンともPCとも呼ばず、「l'ordinateur(ろーでぃなとぅーる)」なる妙な単語で呼びます。これはアカデミー・フランセーズが、英単語の輸入を嫌い、代替語を用意したことによるものだそうです。「ぺーせー」なんて言おうものならバカにされるか、もしくはこのイギリス野郎め!とイライラされるらしい・・・とはいっても現実的にはそんな場面には出くわしませんが。

これがあるためにフランス語は正統性を問う言語になってるわけですね。

例えばパリのフランス語で80は「きゃとるばん」と言うのですがベルギーの一部ではオクタントゥと言うらしい。きゃとるばんは、今は絶滅した、ガリア先住民が使っていたケルト語系のゴール語由来で、「4 (きゃとる)x 20(ばん)」の意味です。つまり20進法を残していて、今でもケルト語系のアイルランド語なども「4 x 20」で言うそうです。この数え方が理由で、フランス語話者は英語話者と比べて数学の学習が遅れるという研究結果まであるそうな。一方、オクタントゥはラテン語由来だそうです。理系の人なら大体感じがわかるでしょう。

ラテン語由来のほうが上品なのでは?

とも思いますが、アカデミー・フランセーズがきゃとるばんって言ったらきゃとるばんなのだ。パリでおくたんとぅなんて口走ろうもんなら田舎者扱いです。

また、カナダのケベックの辺りでもフランス語が話されていて、この地域は長年他のフランス語圏と隔離されていたため、フランス大革命以前の古いフランス語を話すと言われています。なかでも面白いのは、フランスのフランス語では週末のことを「week-end(うぃーけん)」と言って、あからさまに英語直輸入なのですが、カナダでは「fin de semaine(ふぁんどぅすまん)」と、普通にフランス語を組み合わせて呼ぶそうです。

それでもアカデミー・フランセーズがうぃーけんが正しいって言ったら正しいのだ。

みたいなわけで、フランス語には正統なフランス語統制機関があって、「正統なフランス語」が存在し、それを喋らないフランス語話者はちょこっとバカにされたりするということです。フランスの学校は「正統なフランス語」を教えることが目的で、地方の少数派言語(オック語ブルトン語など)の抑圧は今でも続いているとされます。

英語の場合

で、ここから先は本の受け売りになるわけですが

http://www.amazon.co.jp/フランス語のはなし―もうひとつの国際共通語-ジャン-ブノワ-ナドー/dp/4469250767

英語には、フランス語のアカデミー・フランセーズにあたる機関がないのですね。British Councilがちょっとそれに近いようですが、主な目的は英語を広めることであって英語を統制することではないそうです。まあそもそも、いくらイギリスが統制しようとしたって、今世界を支配してるのはアメリカなんだから意味ないですわな。

ジャン・ブノワの考察によれば、英語には正統性を決定する機関が存在しなかったため、英語圏外の人間が英語を話そうという時、「正統性」について気をつける必要がなくなった。それで、フランス語よりも英語が世界で普及したのだ・・・とのことでした。彼によれば正統な英語なんてものは存在しないことになります。この考察が正しいのかどうかはわかりません。19世紀、ナポレオン戦争からしばらくたった時点ではもはや国の勢いにも大きな差があっただろうし。

しかし少なくともこれは言いたい。

「イギリス英語が正しい」とか「フィリピン英語が役立たない」とか、そんなアホなこと言う奴に会ったことないぞ

ってことです。僕だってアカデミアの中で仕事してるわけで、ビジネスエリートとはあったことなくても相当な知識人階級と接してるはずだと思うんですよね。そこで正当な英語とは何かについて話してるやつなんか見たことねえ(フランス人はいっつも話してる)。

「正統な英語」にやたらこだわる変な人って、フランス語コンプレックスでもあるのかなあと思う次第。

英語の正統性についての個人的雑感

最後ですが、アメリカではなくイギリスでもなく大陸ヨーロッパという、日本から見てアナザーオブアナザーワールド的なところにいて客観的に英語を眺めますと、

宗派 個人的感想
British Englishが正統だという意見 イギリスみたいな、世界の端っこの国の英語が正統と言おうがなんだろうが世界の中心地のアメリカではアメリカ英語が話されている。意味なくないですか。
American Englishが正統だという意見 明らかにイギリスからの開拓民の言葉で、素人が聞いていてもイギリス英語のほうが上品なのに「正統」ってなんだよ。プッ

と感じます。バカにしているのではなくて、こういうバランスの取れかたが、英語が世界語である所以なのではないかと思うのです。どっちを正統って主張したってバカにしどころがある。そしてそうやって誰かがバカにする限りは「正統性」なんていうブランドはつかないものと思います。

いいんだよジャパニーズイングリッシュで。聞き取れさえすれば。聞き取りにくいときに敬遠されることこそあれ、「あなたは素晴らしい英語をしゃべっている!」なんてほめるやつはいないと思うぞ〜。フランス語ではありえるシチュエーションだけど。