ちょっとしたこと

次世代シーケンサーが研究に導入されてもうしばらくになる。いろいろなところで使われている。

完全にぼかすけど、日本ではないあるところにある臓器の遺伝性疾患の診断に関する世界的名医と呼ばれる医師がいて、すでに原因遺伝子がわかっている病気だけでなく、遺伝子がわかっていないが明らかなメンデル遺伝を示すような疾患についても彼の診察を受ければたちどころに診断がつくという。彼が提唱し名前をつけた新たな遺伝性疾患というのもある。

で、うちではないけど、そこの医師のところの患者さんをエクソームシークエンスする機会があったようだが、なんかね、診断間違ってるのが結構あったみたい(笑)。その医師がすごくまれな〇〇病だ〜なんてしてたのが、すでによく知られてるほかの遺伝病の原因遺伝子上の遺伝子変異(場所自体は新規)が同定されちゃったりとか。

全ゲノムシークエンスって怖いですね。

研究でそういったことがわかったからといってその医師、さらにはその患者さんに伝えることはしない。その理由は、単純にそのようにインフォームド・コンセントをとった上でDNAサンプルを患者さんからいただいているから。基本的には現場にデータを還元することはしないルールでやっている。金銭などが絡んだり、何らかの目的を持って研究に参加したりというのを極力防ぐことなどが理由だったと思う。

さらにもう少し重要なこととして、「研究に参加しようとしまいと、医師としての患者さんへの診察についてなんの変化もありません。特に、研究に参加しないことを理由として診療上の不利益を与えることは決してしません」というふうに、ヘルシンキ宣言に従った思想を実現するためでもあろうと思う。研究に参加した人だけ、診療に有用な情報が増えてしまうと、研究に参加しなかった人への不利益になり得る。

ヒトサンプルを用いた研究においては、理想的には研究者はそのサンプルが採取された現場とは完全に独立である必要がある。

でもそれで倫理的に本当にいいのかなあ、と悩まざるをえない。

これとは違うけど、ある病気の研究目的で全ゲノムシークエンスをやったら、まったく関係のない、しかしかなり重篤な劣性遺伝性疾患の原因遺伝子変異が見つかってしまった*1と言っていた人もいた。これは劣性なのでサンプルの元となった患者さんにはなんの影響も与えていないと考えられるのだが、もし、もし万が一、この人が同様に変異をもつ人と結婚してこどもを持つと、1/4の確率で子供に遺伝性疾患が発症してしまう。で、そういうのは近親婚で起こりやすい。

そうだとすると伝えたほうが良かったことになるのだろうか。伝えたら近親婚は絶対に避けなさいということになるだろうか。しかしこの情報を完全に活かすには、その患者さんが子供を持とうと思ったときに相手方のゲノムを調べさせていただかないといけない。そして変異があったら子供を産まないという判断をさせるというのだろうか。

ならば伝えないほうがいいだろうか。何も知らないほうが、幸せだから。でもそれで本当に前述のようになって、重篤な遺伝性疾患の子供が生まれるというのはどうなのだろう。

いや、そもそも、「遺伝性疾患の子供が生まれないようにする」というふうに研究者や医者が考えていいものなのだろうか。それは現在遺伝性疾患と戦っている患者さんを冒涜することになりかねない。実際この手の議論の時は必ずこのような抗議が来るのだ。そしてそれは彼らが人として人生を送っていることからすると十分納得できることだと私は思う。

でもやはり遺伝性疾患の子供が生まれないならばそれそれでよいというのが社会通念上、普通の反応だ。

まあこういうようにいろいろな問題がある所があまり整理されずにヒトの病気についての次世代シーケンサーの研究が進んでいくのはどうなのかなあと思うわけです。

あんまり倫理方面の文章読んでるわけではないので、もう解決済みの問題を稚拙に再検討してるだけなのかもしれんが・・・

*1:ただし、こういうのが偽陽性っていう可能性も結構高い。次世代シーケンサーの世界では。