商業ゲノム解析サービス 23andMe、deCODE me

最近、ゲノム科学の進歩に伴い、一般の方でもお金を払えば自分の遺伝情報を営利企業に読ませて、自分のゲノム配列を手にすることができるようになってきた。で、ゲノムなんて言うのは単に30億回AかTかCかGが繰り返し書かれているだけの情報なので、それだけを見てもあまり意味はなく、通常はそういった営利企業は何らかの解析結果を添付するわけである。

とある経緯で、そういった会社の一つである23andMeによる、知り合いのゲノム解析の結果を見ることがありました。

https://www.23andme.com/

これまで、エチカの鏡だとかいう番組が紹介したという怪しげなサービスについて苦言を呈し続けてきた。しかし、23andMeや、あとdeCODE meなどは以前から世界的によく知られた営利的なゲノム解析サービスだ。

http://www.decodeme.com/

中の人のレベルも段違い。特にdeCODEはアカデミックにもかなり有名な存在で、併設の研究所、というよりは研究所併設の営利機関といったほうが正しいけど、には世界レベルの研究者がいる。

結果としては、これはよいですね(23andMeのほう、deCODE meは知らない)。現時点での学術的なゲノム解析の知見を正しく反映し、言いすぎていない。たとえば「◯◯病になりやすい」ということを言うなら、どれくらいなりやすいかを明記し、さらにその判断をもたらした参照文献をあげ、スタディデザインを簡単に説明し、結果が得られた人種をわかりやすく挙げた上、サンプルサイズ(これが結果の妥当性の最も強い指標である)を見やすいアイコンで示している。また、「結果はその他の研究で再現されているか」「否定的な結果はないか」ということも明記している。参照される文献は、世界的に認められた妥当なものである。

以前あげた才能占いという極めて下らないサービスは、これすらクリアしてなかった。そういう意味ではよくできている。才能占いなどと比べると「この程度のことしかわからないの?」という印象をうけるかもしれない。だがそれが真実なのだ。才能占いのように、子どもの将来の可能性がなんでも分かる、なんていうのが詐欺的な言い方であるに過ぎない。すくなくとも一般的な人間の特徴の中で、遺伝的な変異によって決定される割合は、高くても10-20%程度のものまでしか見つかっていないのだ。双生児研究で遺伝率が90%をこえるようなもの、例えば身長などに関したって、今まで見つかっているゲノム上の遺伝子変異からはたかだか5-10%程度を説明できるまでにしか至っていない。これ以上のことを大袈裟に言うようなサービスはすべて詐欺だと断じて構わない。

したがって、23andMeはよいようだ。この結果にがっかりした向きは、現代の遺伝疫学の進歩の遅さを責めるべきで、23andMeの責任ではない。

ただしそれでも三つの問題が残る。まず、理解力の問題だ。どれだけ遺伝疫学的に正しい説明をしたところで、その正しさの基盤となる論理をある程度は分かっていないと、誤読する可能性があるということだ。つまり、メディアなどでもよく言われる「リテラシー」の問題だ。遺伝においては特に、ナチスドイツが誤解して大変な虐殺をした(あるいは誤読したふりをして大衆を扇動した)という歴史があるものだから、この点は特に重要である。高校生物か、欲を言えば義務教育レベルで、遺伝に関してもう少しきちんと教育する必要があると考えられる。一方すでに教育を終えた成人についていうと、日本のマスメディアは、現在の世界レベルのゲノム疫学の理解度については壊滅的なようなので、到底期待できない。とすると、やはり日本人類遺伝学会の主張する通り、遺伝学を専攻する医師による判断を挟んだほうがよいように、私には思える。ナチスドイツにも医師や遺伝学者はいたけれど、現在ではその後の知識の進歩もコンセンサスもあるので、以前とは違った結果となるはずだ。

もうひとつの問題は、倫理的なものである。例えば子供に知能の高いゲノム配列があるようなら勉強ばかりさせるようになったり、運動能力の高いゲノム配列があったら学校にも行かせずスポーツ教室に通わせる。といったことは倫理的に許されるのだろうか?幸いなことに知能に関わる遺伝子変異で、確立したものはまだ一つもないが、運動能力に関してはいくつかある。問題は、子どもの意思が介在する余地が少ないこと、そしてたとえ「運動能力が高い可能性がある」ゲノム配列があったってそれは絶対ではなく確率的なものであって、もしかすると他の分野に言ったほうがその子は実力を発揮できたかもしれないのに、ゲノム情報を知ったことによってその可能性を狭めてしまうかもしれないということだ。あるいは結婚相手のゲノム配列を調べて、よいゲノム配列を持つ異性を結婚相手として選ぶということもありうる。ただしこれは、「身長の高い男性が人気がある」ということの一部に、身長の高い子どもが生まれやすいということが含まれているならば、すでに行われていることだとも言える。責任ある成人同士の間で、お互いの合意の上で遺伝情報を何かの判断材料にすることまでを否定すべきかどうかはわからない。子どもについては現時点では法整備で禁止すべきだと私は思っている。

最後の問題は、社会的な問題で、これは法整備がきちんとしていれば問題なくなるかもしれないが、未整備のために問題があるということだ。例えば、「癌になりやすい」という結果が23andMeから得られたとする。これを生命保険会社が利用して、生命保険の掛金をあげられることがないだろうか?とか、「うつ病になりやすい」という結果が得られたとき(そんなcommonな遺伝子変異はまだ見つかってないので今のところ机上の空論だけれども)、会社がその人間の採用を見送るということがないかどうか。例えば23andMeから個人が得た結果を保険会社や会社に提出していないとしても、保険会社がこの検査提出を生命保険契約の義務にしたり、あるいはさらにひどければ23andMeから保険会社に横流しされるかもしれない(名簿情報の流出などから見れば、起こりえないなんて到底言えないだろう)。つまりこれは、ゲノム情報をもとにこれらを判断すること自体に厳罰を与えることによってしか防げないのではなかろうか。これは今すぐ法整備で禁止すべき事柄だ。まあ経済問題よりは後回しでいいけど。

ステルスマーケティングじゃないよ!