ホメオパシーに関する戯言

ホメオパシーの批判が喧しい。・・・と書いても、医師であり遺伝学者でもある私はこれについては当然賛成である。批判者はLancet2005メタ解析とお経のように繰り返しているんだけれども、これも当然で、あの10,000人規模のホメオパシーの効果判定試験を超えるホメオパシーの評価というのは、今後なかなか行われないだろう(「効果が劣らないことを証明する試験」というのもあって、その場合サンプル数がもっと必要になるが、これはそうではないことにも注意が必要と思う。あくまでホメオパシーが偽薬に優越することは証明できなかった、いっぽうそれと対応するように選ばれた同じ疾患に同等の患者群を用いた現代医療は偽薬に優越していることが証明できたという試験である。この後者の理解も重要。プラセボと同等だからいい、わけではないのだ。だってホメオパシーには存在しない、プラセボより効果がある薬を現代医療は持っているわけだから。)。

「これまでにホメオパシーの効果を証明出来ている論文があるのに無視している!」とブログに書き込んでいるホメオパシー側の人間がいるよう(ホメオパシーの科学論文 | 真実の探求 - 楽天ブログ*1)なんだけども、ここまで愚かで本当にいいのだろうかと心配になり、敵に塩も送りたくなる。メタ解析というのは、もし数式を飛ばしたとしても*2それがこれまでに報告された論文の効果サイズが、それぞれ母集団からサンプリングされたためのばらつきがあると仮定し*3、そのばらつきを考慮した母集団の分布のパラメータを求める手法である・・・ってくらいは理解したっていいものだ。つまりあんたが言ってるその論文はすでにメタ解析に組み込まれており、その「効果」は、単なるばらつきですよ、と証明したのがあのメタ解析なわけです*4

要するにこれまでにホメオパシーの効果を証明した論文があるのは、メタ解析がある時点でほとんど当たり前のことなのだ。効果があるとする論文やないとする論文が混在することによって結果にばらつきがおきているということがない限り、メタ解析なんてやらないんだから。だからブログのタイトルを見て、ああ本当に不勉強なんだなあ。と思う次第である。

ここにクオリティーの低い論文を入れたらだめな理由は簡単である。以前こんな話しがあったという噂がある。中国から、画期的な新薬の有効性が報告された。ところがサンプルをどうやって集めて、真薬群と偽薬群にわけたかあまり詳しく書いていない。詳しく著者にインタビューすると、どうも正しい薬を飲んだのは共産党の党員、偽薬を飲んだのは非共産党の一般市民だったらしい。共産党員の方が(当時は)当然いいものを食ってるので、病気の予後がよくなるのはあたりまえだと考えられた。この論文はクオリティが低いとして論文採用を却下された*5。これは極端な例だが、論文クオリティの評価とはそういう事だ。メタ解析は「サンプリングによるばらつき」によって、各論文の効果サイズに差があると仮定しているが、このようにそれ以外の要素によるばらつきが入らないように、メタ解析にエントリーする論文については厳正に評価する必要がある。

だからホメオパシーを擁護したい人がやるのは簡単なはずなのだ。だってどこまでいったって批判者はLancet2005を出すし、しかもこれはイギリスやドイツを含め世界がホメオパシーを追いだそうとするきっかけにすらなっている重要な論文である。だけど本当?ただ単にホメオパシーをやっつけたい政治家がこれを利用してるだけなんじゃないの?と、思うんだったら本丸を攻撃すべきだ。小さなそれぞれの論文の効果をいくら吹聴したって、メタ解析の結果が出れば一気に吹き飛ぶ。ならばメタ解析の手法に焦点を定めて攻撃するべきだろう。サイエンスは、あまりに強力な手法であるため、「おまえら言う事聞け!」なんて絶対言わない。あえてそうやって、いつでも批判は受けますよという態度を残しているではないか。サイエンスがホメオパシーの反論を受け付けていないように見えるのは、単純にその反論があまりにバカバカしいからだ。不勉強な人間のたわごとに付き合うほどいやなことはないからだ。

それができないなら、いくら愚かなホメオパスがピーピー騒いでも、国も医者も動かない。小さなマーケットでせいぜい詐欺商法で食いつなぐことだ。

ところでホメオパシーの人たちがよく言うことにもう一つ、「200年も受け入れられてきて・・・」というのがある。これについては僕もホメオパシーには同情的である。

これはなんでだろう?実は20年ほど前から世界の医療は急速にEBMというものにかじを切っている*6。100年も昔、著名な医者であるウィリアム・オスラーは「医療はサイエンスであり、かつアートである」と言ったと言うが、ここ20年でサイエンスの比重は飛躍的に増している。それ以前からそうだって?そんなことはない。それ以前からも薬は試験管内やマウスで効くことは確認していたが、人で効くかどうか、さらにヒトに投与して5年後、10年後どうなるのかはわからなかった。ジェンナーの種痘の時代には実はわかっていたが、現代においてそういうのは人体実験だとして禁止されたからだ。ところがそれが数学的手法で推定できるようになった。臨床疫学が成熟してきたからである。そして疫学的な証明のない医療は急速に排除されるようになった。これ、ここ20年のことだ。ひとつの重要な例としてはCAST studyがある。これは不整脈を抑える薬の効果を見たものだ。不整脈って言うのは心電図で見て明らかに異常だ。薬をのむと不整脈が改善する。ホメオパシーなんかとはレベルの違う薬である。だから薬は投与されていた。ところが数年後、この抗不整脈薬を飲んだ人のほうが、飲まなかった人より死亡率が高かったことがわかったのだ。その後、医者は不整脈を抑えるためだけに抗不整脈薬を出すことは控えるようになった。こうして臨床試験の重要性が強く意識されるようになった。

現代医療がホメオパシーを躍起になって攻撃するようになったのはここ20年のことである(昔も多少はしてたかもしれないけど)。欧米のみならず、中韓・東南アジアなども当然のようにこれに従っている。昔と違って臨床家は、統計学エビデンスの重要性をはるかに強く意識するようになったというのは最大の理由の一つとしてあげられるだろう。ホメオパシーは、現代医療は毒だとかいうらしい。ホメオパシーが毒かどうかはわかっていない。だが、少なくとも現代医療に関しては、本当に毒なのかどうか、研究者や医師達は真摯に見極めようと努力しているのだ。副作用を見出す検出力をちゃんと計算し、サンプル数が少ないことで誤った結論を出さないよう努力しているのだ*7。そんなこと理解することもできないホメオパスたちには永遠に分からない計算をすることによって。

*1:ていうかこのブログ、「ランセットのような素晴らしい雑誌にもホメオパシーの論文が掲載されている!」なんて描いているのだが、そのランセットは2005年の上記メタ解析につけたエディトリアルで「''The end of homeopathy''」と言ってるわけだが・・・読んでないんだよね

*2:まあ実際のところ数式もそんなに(ベイズ解析みたいに)難しいわけではないけれども

*3:例えばある箱に1000個のボールが入っており、そのうち30個が黒、残り970個が白だとしよう。黒の比率は3%である。箱に手を突っ込んで10個のボールを取ってみた。そうすると殆どの場合、黒は1個か、もしくは0個となる。1個だとすると比率10%と推定するが、これは真実より随分多い。0個だと0%だが、少ない。これがサンプリングによる推定のばらつきである。

*4:上のボールの例で言えば、10%と推定したのが例のブログのヒトが挙げている論文。0%と推定したのもやまほどあった。これを統合したわけである。つまり10個取り出すという作業を世界中の人が何回もやってたので、それを統合してみたわけだ。そうすると推定が真実である3%にだんだん近づいてくる。これが、メタ解析が無作為ランダム化試験よりも信頼される根拠である

*5:この中国からの論文は現代医療に属するものであるが、身内の現代医療に対するフェアな批判であるという点も考慮していただきたい。白人でなく中国だから最初から疑いの目で見られた・・という可能性はないでもない。だとしてもその後のプロセスは公正である。さらにいえばホメオパシーは白人が考えたものなんだからそのようなバイアスはかかっていないはず

*6:20年前、というとつまり日本がバブル崩壊する直前である。欧米が、日本に世界医療をのっとられまいとしてとった手段だという穿った見方もある。まあ実際には疫学が正常発展し使い物になるようになったというのがあるが、後押ししたのはそのように考える欧米の政治家だったのかもしれない

*7:そこわかってなかったのがイレッサの時の厚労省