HPVワクチン副作用(仮)とHLA遺伝型との遺伝的関連についてのメモ

HPVワクチン副作用の話。

以前から話題になってはいたみたいなので(http://togetter.com/li/906273)す。このtogetterには「HLA-DPB1*0501が92%(11人)だった」、とあるので、この時点で調べたのは12人くらいだったのかな。

それから最近これが出て

http://mainichi.jp/articles/20160317/k00/00m/040/109000c

  • 研究班は信州大と鹿児島大で、ワクチン接種後に学習障害や過剰な睡眠などの脳機能障害が出た10代の少女らの血液を採り、遺伝子「HLA−DPB1」の型を調べた。
  • その結果、「0501」の型の患者が信州大で14人中10人(71%)、鹿児島大で19人中16人(84%)を占めた。
  • 「0501」は一般の日本人の集団では4割程度とされ

とある。

「7~8割」と減っているのだけれど、サンプルサイズが増えたら割合が低下したようで、これ自体は全く問題のないこと。ただ12人とかのレベルで発表していたのがおかしい。そして今後もこの数字は変化していくだろう。

これについて、当該新聞記事は

  • 調査数が少なく「科学的に意味はない」(日本産科婦人科学会前理事長の小西郁生・京都大教授)との指摘もあるが、

と書いているが、なぜ「が、」で終わらせるのか理解できない。この結果について、まっとうな研究者ならこの小西先生の指摘以外の結論を導き出しようがない。


ところでこの新聞記事、私本当にわからないことがあるのです。

メンデルの遺伝法則を出すまでもなく、ヒトゲノムは2倍体で、常染色体についてそれぞれ2本の染色体を持つ。この時、上記新聞記事で

「0501」の型の患者が信州大で14人中10人(71%)、鹿児島大で19人中16人(84%)を占めた。

とあるのだが、ヒトは「0501/0501」または「0501/その他」または「その他/その他」、というふうに、二本の染色体のそれぞれに存在するアレルの組み合わせとして「遺伝子型」を持つと言う風に高校の生物学で・・・我々の頃は習ったけどね、この記者さんが教育を受けたころは習わなかったかもしれませんが・・・。でも優性とか劣性とか習ったよね?まあ、そういうわけなので、『「0501」の型の患者』なる表現をすることはできないのだが、人数ベースで語る場合「0501キャリア」を指すことはある。すなわち、ここでいう

  • 「0501」の型の患者

というのは、私の解説のうち「0501/0501」と、「0501/その他」を合わせた数なのだろうと思う。

それに対して、記事中にある

  • 「0501」は一般の日本人の集団では4割程度とされ

は、アレル頻度のことでしょう。つまり、n人の日本人がいた時、そのすべての染色体本数2n本のうちの、HLA-DPB1*0501が乗っている染色体の本数。「アレル頻度」と明言していないのになぜそうだと思うかというと、例えばhttp://www.nature.com/ng/journal/v47/n7/extref/ng.3310-S1.pdf のSupplementary Table 1.にも(かなり下の方)38.9%とあるし。これは900人程度を調べている。

ちなみにここを見ると分かる通り、HLA-DPB1*0501というのは日本人HLA-DPB1アレルのうち最大頻度のものなんですね。最も多くの人が持っているアレルだということです。それがHPVワクチン副作用のリスクなんでしょうかね?

で、0501アレル頻度38.9%だとすると、ハーディ・ワインベルク法則に基づき「0501/その他」が47.5%、「0501/0501」が15.1%くらいになるので、これを合わせると62.6%。

だから、「信州大71%」「鹿児島大84%」と比較すべきはこの「62.6%」であるはずだと思います。だいぶ受ける印象が違うと思いますが。そして12人レベルでは92%だったところ、33人レベルで78.8%(両大学合算)まで低下して、だいぶ一般集団頻度である62.6%に近づいているところですが、今胸を張ってこの結果を発表できるのはすごいなあ。研究者ならちょっとドキドキしますよね。当初のチャンピオン気味のデータが否定方向に傾いているなあと思う時期のデータだと感じるので。

「そうは言っても、最初に92%もの頻度を観察したのだからなんらかの真実を反映しているのではないか」、と思われる方は、まずHLA-##だけでも最低6種類あり、そのうちHLA-DPにもAとBがあって(まあDPAは多型性低いけど)、さらにDPB1*##に数十種類あって、さらにそのそれぞれにDPB1*05##の2桁が付いていることを思い出そう。小サンプルの結果から、なんか良さそうなものを探し出すには事欠かない状況なのです。そしてそういうものは大体、数を増やせば安定してくる。頻度主義的*1統計学の言葉で言えば、ただでさえ検出力が全く足りてない上に、多重検定の問題がのしかかっています。今後の進展次第で科学的に有意義な結果になることを否定するわけではありませんけれど。

最後に、HLAアレル頻度には地域差が観察されます。他のゲノム領域とは独立した地域差を示すので特徴的であることが知られています。多分地域のローカルな感染症の歴史を反映しているのでしょう。すなわち、信州大、鹿児島大でHLAを調べたなら、それと地理的マッチする(もちろん他に年齢性別もマッチしている)コントロールのHLAをちゃんと調べないと、単に日本人一般集団と比較しても、本当はダメです。代替案として、ゲノムワイドSNPを調べて遺伝的地理情報の補正を行うというのはある。しかしそれだけのためにねぇ。

毎日新聞記者も、もうちょっとこの記事出す前に意見を聞くべき先生がいるだろう。NYTとかはこういう時にちゃんと適切な人に意見を求めて、科学的に変な記事にならないようにしているように感じるのですが。もちろんコメントを寄せていただいている京大の先生はきちんとしたことをおっしゃっているが、他にも何人もの利害関係のなさそうな人(例えば医者ではない遺伝学者)に聞いてみんな同じようなことを言うことを発見するはずだ。

*1:最近p値を濫用するのは・・・的な話が話題になっているので一応書いてみた