フランスのSOS médecin(システム化された往診制度)について

救急車有料化すべきかって話。

http://togetter.com/li/231726

ま、こういうのは医療政策の専門家とか経済学者とかがまず議論して、効果予測を僕達に提示すべきことなんだと思う。また、アメリカも救急車は有料なんだそうだが、先進国の中ではアメリカは医療制度で大失敗をしているようなので、少なくともその点は踏まえて議論してもらいたいと思う。

僕も含めたみんなはそれ見てからああだこうだ言えばいい。こういうのは、市民側・患者側だけでなく、医者側の発言ですらあまり科学的とは言えない議論になりがちではある。標準的でない意見を言いたい人も、まずは世界標準の解析を見た後ですべきだと個人的に思う。あとマスコミのジャーナリストが本来すべき仕事も、事実の報道のみならず、そういった分析についての報道だと思っている。それで、マスコミは市民と学者の間の「メディア」になるべきなのだから、もしこういう判断材料が十分揃っていないならマスコミに文句を言うといいのでは*1

ところでブックマークコメントを見たところ、「フランスでも救急車は有料」なのだそうだ。料金は60ユーロ+ 2ユーロ/kmなんだそうである。知らなかった。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/medi/europe/france.html

ただし、フランスの救急制度システムには日本にはないものがひとつある。日本と同様の「かかりつけの医者に行く」「大きな病院の救急外来に直接かかる」「救急車を呼ぶ」以外のもうひとつは、「SOS médecin*2」と呼ばれるものだ。どういうものかというと、「医者が直接家に来て、診断してその場で処方箋を書いてくれたり、あるいは病院に行く必要があれば紹介してくれたり救急車を呼ぶ判断をしてくれる」というもの。まあ往診ですね。ただし日本の往診とは違い、かかりつけでなくても新規でも誰でも呼べて、システム的に整備されている。料金もお高くはない、ようだ。

千葉県船橋市でやっていたドクターカーとは近いけど、医者は別に救急車でかけつけるわけではない。自分で運転して来るようだ。

つまりフランスでは、「外来に直接行く」と「救急車を呼ぶ」のあいだにもう1ステップある。救急車有料化反対論にある「重症なのにお金が心配で救急車を呼ばなくなるかもしれない」ような人が、その前段階で受けることのできる、有料の救急車代を払わなくても済むかもしれない医療システムが用意されているわけだ。

これがだいぶよいように思う。要するに、救急車を呼ぶほどでもないのに呼んじゃうような人はこっちを呼んでね、重症の人は少しお金かかるけど救急車呼んでね。お金が気になる人は、まずSOS médecin呼べば、本当に救急車代払う必要あるのかどうか判断してくれますよ、待てるなら・・・、と考えることができる。

まず患者の視点からは間違いなくこっちがよいと思う。とりあえず呼んで、その場で終了なら頑張って病院にいかなくて済むし、必要だったら救急車だって呼んでくれるのだ。

救急車の観点からも、本当に必要な出動に少しだけしぼれるようになるかもしれない。

救急外来の視点からすると、救急外来で本物の重症患者に割ける時間が増える。SOS médecinは少しだけ入院抑制にも資すると思うので、「満床だからお断り」事件が減るかもしれない。

病院経営という意味ではわからない。一般に救急医療というのは赤字経営だと言われるので、患者が減ることは特に問題ないかもしれない。

そして最後に国全体の医療経営という面、これは経済学者の先生方に判断してもらいたい。SOS médecinをもしやるなら、それに従事する医者の数を確保しなくてはいけなくなる。一番人件費が高コストな職の人たちでもある。

「タクシー代わりに救急車」を抑制する目的にはなりそうに思う。そこで救急車が出張ってしまって本当に必要な患者さんに届かなくなるという最悪の事態は防げるように思う。ただし医療費削減目的になるかはわからない。そもそも現在の議論が医療費削減を第一の目的にしている点がどういうことなんだろうかとは思う、救急搬送にとても時間がかかってしまった脳出血の妊婦さん、なんていう問題がいまだに発生しているというのに。

最後に、フランスでは国民皆保険+国民の95%以上が加入している民間保険によって、結構な割合で医療費が完全無料になるというのも明記しておくべきと思う*3。つまり、結局のところ直接救急車代を払うことはあまりなくて、日本と同様無料になっているということだ。

*1:と、同業の学者としては責任逃れをする

*2:細かい話だけど、英語ではmedicineは「薬」または「医療」を意味するが、フランス語médecinは一般に「内科医」に対応する

*3:メガネ代も無料です