診療における医療的意思決定への患者の参加

はてなー的に興味がある素材ではないかと思ったので、ご紹介。

Tak HJ, Ruhnke GW, Meltzer DO. Association of Patient Preferences for Participation in Decision Making With Length of Stay and Costs Among Hospitalized Patients. JAMA Intern Med. 2013;27:1-8.

論文のタイトルは「患者による意思決定への参加の選好と、入院患者の入院期間・コストとの関連」

方法としては、医療情報の提供を受けたり医療意思決定に参加したいかどうかについての質問を含んだ調査を、シカゴ大学医療センター一般内科サービス(University of Chicago Medical Center general internal medicine )にて2003年7月1日から2011年8月31日までに入院した患者において行い、21754人(69.6%)の入院患者から回答を得たというもの。

結果は以下の様な感じ(アブストのみから)。

  • 平均入院期間は5.34日で、平均的な入院医療費は14576ドル(≒145万7600円)
  • 96.3%の患者は自身の病気と治療オプションについての情報提供を望んだが、71.1%の患者は、意思決定については医師に任せることを選んだ。
  • 医療意思決定への参加をより望む群においては、教育レベルが高かったり、プライベートの医療保険*1を有している傾向があった。
  • 医師に決定を任せるという望みが強い患者と比べると、意思決定に参加したい患者は入院期間が0.26日(95%CI 0.06-0.47日)長く、合計の入院医療費が865ドル(≒8万6500円、95%CI 155-1575ドル)高かった(P=.02)。

以下雑感です。

私自身も、本来診療上の意思決定は可能な限り患者さんとの共同作業であるべきと考えます。ただ日本の医療のすべての面について言えることですが、(既存のやり方に加えて)何かをやるにはお金が必要だ。ってことです。

「8万円くらいならいいじゃんか」と思う人は、これは平均値なのでもし1万人分8万円増えたら8億円増えているということをお忘れなく〜。

0.26日の入院期間延長は、わかりやすく言うなら、4人あたりだいたい1人ぶん、1日ぶんの病床が占有されることになるので、論文の結果を受けて平均入院期間5日とすると(みじかっ!)、入院が必要な患者さん20人あたり1人が入院できなくなる(満床なら)ってことになりますかね。大雑把ですけど。新聞紙の言う「たらい回し」が20人あたり1人分さらに多めに起きちゃうかも。もちろん「だからできない」ではなくて、もしこれをやりたいなら他の理由での入院を何か減らすっていうのが現実的選択肢ということになります。「今週は若いもんが農作業で忙しいので、おばあちゃんを入院させてくれないかねぇ」が効かないようになるとか(あくまで例えですよ)。出産での入院は分娩当日に麻酔も覚めたか覚めないかわからないうちに退院とかですね。

ところで、「患者への医療情報の提供」は、現在では日本の医師は普通にやってると思いますが、「患者の医療意思決定への参加」ってなんのことでしょうね。

昔の話になりますが、聞いたところでは、アメリカの某大学病院では医師は患者さんと一緒にカプランマイヤー曲線を見ながら*2「ああだこうだ」と話し合っているそうでした。多分これのことではないかと。もちろん、見せるだけなら、「情報提供」にすぎないので、そこからさらに患者さんの意思決定への参加という要素が必要になります。詳細を記述する力は今のところないので、誰かさんがやってくれれば。

これ、数理統計学者の患者さんとこれをやるとなったらかなりの緊張ものだな!「この治療法はP値が低くて・・・」「そのP値はどうやって計算されたんですか!?」みたいな。「わたしはベイジアンです」とか言われたり。

ところで、ということは、これを化学物質過敏症でやろうとすると、プラセボと同じだったりする表を見せざるを得なくなるので、まっとうな立場からは診療がうまくできないことになりそうです*3

なんてことを言うと叩かれそうなのでやめておこう。

まあ逆に偏った論文だけを提示されて医者に丸め込まれることもあるでしょうかね。アメリカだとガイドラインの制定がかなり徹底されているのが抑止力になっているのかもしれません。

しかし、それこそ、T先生みたいな人が「ベイジアンの立場からは解釈はいろいろ。わたしは化学物質過敏症はあると強く信じているんです。だから検査は有効と考えます!」と言われたとき、対等に話しできる医者はどんくらいいるんだ*4

実のところ、実際、化学物質過敏症とされる患者さん達が、これらの論文を見せられ、議論してもなお化学物質過敏症としての治療を求めるなら、「患者参加の医療意思決定」としてはその治療を行う、ということになると思います、基本は。もちろんより高額の医療費のもとで、ですけども。あと完全に自由に診療できるのは先進国ではアメリカくらいでしょうけど。

あと、これを日本でやるには、「論文は英語で書かれている」っていうのが大きな壁になりますね。

そんだけです。

明日はどっちだ。

*1:アメリカの医療保険はもともと複雑な上、現在は移行期ですから、ここが少し不明だと思われた方はご自分でぜひぐぐってくださいな

*2:UpToDateを見ながら

*3:http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0091674906016964, http://informahealthcare.com/doi/abs/10.1080/15563650701742438

*4:T先生twitterとは違ってこの言明はある程度間違っていないと思いますが