日本人の血筋を追っていったら・・・

日本で、ランダムに1000人くらいの血筋を追っていったときに、その先祖あっ..

分子生物学の知見ならびに遺伝学の法則の教えるところによると、父親または母親の持つ遺伝情報のうち子に伝わるのは半分である。祖父から孫に伝わる遺伝情報は1/4で、曽祖父からひ孫へは1/8である*1
。たった3代前について、「その代に偉大なる名家の血を継いだひいおじいちゃんがいたおかげで私が優秀なのである!」なる可能性について考える。二つの可能性があって、

  • 常染色体上のたった1つの遺伝因子+環境因子で優秀さが決まるとするならそれが自分に伝わる確率は1/8なのであって、自分の世代の兄弟・いとこのうちその優秀遺伝因子が影響するのは8人いたら1人しかいない。
  • もし常染色体上のN個の(少なくともN > 100くらいの)遺伝因子+環境因子によって決まるとするならば、遺伝的組換えが起こることを考えるとそのひいおじいちゃんの自分への寄与は1/8程度なのであって、残り7/8はその他のひいおじいちゃん・ひいおばあちゃんによるものである

ちなみに知能だとか運動能力だとか社会階層だとかについて、前者であるという可能性はほとんどない。これまで見つかっていないとかもあるけど、進化の理論からいってもちょっとありそうにない。

というような原則から考えるに、社会階層なるものに強い親子間の遺伝性があるとするならば、現実的にありえるのは、「血筋に『たくさんの』名家がいたのでいまでも社会階層が高い」「血筋に名家が『まったくいないので』低い」というようなことであって、ある特定の血筋が一本続いてえんえんと子孫に結びついていくというようなことは、現在の遺伝学が教えるところによるとないだろう。

織田信成君だって、本当かどうか知らないけど織田信長の子孫とのことだとして、織田信長と共有する遺伝情報はかなり少ないわけで、信成くんの顔が信長とそっくりであったとしたらそれは多分偶然だ。

・・・とも言えない部分はある。信長系の家系の人と、血の濃い結婚を繰り返していたとしたら、信長と共有する遺伝情報が相当多くなる可能性はなくもない。実際、ハプスブルク家はその中で同じような身体的特徴を共有していたのは確かだから。

とすると、このように「特定のある人」「特定の名家」「その先祖あってのその子孫」というような影響に興味があるとするならば、近親婚の度合いの強さを見ることになるかもしれないが、現在も続くような名家についてそれは倫理的にOKな課題なのか、疑問ではある。

現実的には、社会階層が高いと子によい教育資源を与えやすいという環境因子の伝達可能性が、家系図において社会階層の相関性を引き起こす可能性が高かろうと思う。それを確認するために研究し*2、それが確認されたことをもって、家庭環境にかかわらず教育資源を国民に平等に与えるための政策をとる、という方向に行くというなら良い研究だと思う。ただこのように結論ありきの研究って微妙ではあるけど(例えば私がやるとしたら、遺伝性がもし強いようだったら、科学的に許される範囲で極力主張を弱めた報告にしてしまいそうですな)。私はやりません。



ちなみに現時点でも確からしい精度で可能なのは、というか実際にそのようなデータが存在している(らしい)ところから言うと、「『普通の日本人』を遡ると、たった数世代前に中国人とか韓国人とかがわりと頻繁に見られる」というところであろう。もちろんここでいう「日本人」とか「中国人」とか「韓国人」とかいう集団は「いわゆる」とでもつけるべきもので、ゲノム情報で見ればだいたいほわっとした辺縁をもったクラスタとして観察されるくらいのものである。ビジネス上の理由から「なになに人」と分類してみました、とでも言うべきものだ。ちなみにヨーロッパ系の集団ではクラスタは互いに完全にオーバーラップしている。例えばフランスのブルターニュの集団はイギリスの南方系とほぼ同一だ。自分の乏しい歴史知識からすると、イギリスと一致するのはノルマンディーの方かと思っていたが、ノルマンディーはフランス系集団の中心の方に近くなる。アルザス地方はフランスとドイツの重なり部分に相当するようだ。アキテーヌはスペイン、ラングドックやプロヴァンスコート・ダジュールなどの方はイタリア北方系と重なっていた。ヨーロッパ系集団からアラブ系集団までオーバーラップは続いている。それと比較するとアジアは割りと現在の国ごとにわかれていて、「日本人」と「中国人」は独立したクラスタだが、中国人内の漢民族とそれ以外の民族はわりとオーバーラップしているようだ。東南アジアなどを見ると、中国人クラスタとインド人クラスタの中間に多く存在したりする。「インド人」なる集団がこれまた非常にbroadで・・・

23andMeはこういう情報を返すことで知られているが、当然それは何年もかけて世界的な規模でサンプルが集まっていることが理由なので、例のDeNAのやつがここまでできるかどうかはわからない。なにしろ主成分分析をもとに結果を出しているので、データが必要である。また、23andMeは当然アメリカがベースなので、「3世代前にイギリス人とドイツ人とイタリア人がいました」とか言ってもなんの社会的問題もないわけで、またアフリカ系住民に対して「3世代前はケニアにいて」・・・という情報は、アフリカ系アメリカ人はどちらかというとそういった情報を欲していることが知られているので、その枠組みで「日本人の3世代前に中国人がいて」とか言っているということなのだろうが、日本のサービスが日本人だけを対象にしてそれをやってしまうと、問題が起きることもありそうかもしれない。ビジネス上の賢明な判断としては、やらないかもしれませんね。少なくとも出来るようになるとしてもサンプルが集まってくる数年以上後ということになるだろうな。23andMeは、解析技術が向上すると、アップグレードした情報を提供してくれることが知られているが、DeNAのやつはどういう方向でやるのだろう。

*1:エピゲノムの影響については、特定の家系内でいうならば、一般的なゲノム因子と同じ振る舞いをすると考えられるが、一点だけ、数世代で家系図内でモザイク的になくなってしまうという可能性はある。そこでエピゲノムの影響についてはここでは無視したことをお詫びする(っていうかわからん)。ドミナンス・エピスタシスは親子では伝達されない。

*2:こういった研究は当然これまでやられているが、ゲノム科学の方の進歩も顕著なので、前提条件やデータの精度が異なる研究が今なら可能ではあるだろう