「遺伝的プライバシー」という話
なにかNatureにちょっとした記事があったので要旨をまとめてみました。
Genetic privacy needs a more nuanced approach
これは、最近Scienceに発表されていた、匿名化されたゲノム情報について、いくつかの表現型情報(年齢など)、それから無料の公的データベースを使うだけで、名字を推定できるという研究*1を受けたものです。
日本でもバイオバンクやらゲノムコホートがいくつも走るようになってきていて、個人のゲノムデータが収集されています。日本では、一般的には非公開でやっていることが多いのですが、欧米では公開されたデータベースも多い。当然匿名化されていますが、しかし上述の論文によれば、この中にあるデータが誰のものであるか、がわかってしまう可能性があるということです。このような時代において人はどのようにゲノム研究に参加するべきか・・・もしくはしないべきか。
- Scienceの先月の論文が発表され、遺伝的研究に参加したボランティアのプライバシーが保護されていないとの疑いが生まれた
- これ自体は科学者にとって衝撃的でもなければ全く新しいことでもない
- 完全なプライバシーを保証できる科学者はいない。
- これは20世紀から議論されてきたことであるが、ほとんどは研究者や研究所を法的に保護するためになされてきた議論で、研究に参加する人々の幸福を追求するようなものはほとんどなされていなかったと疑われる
- 個人の健康に関する情報は、その者への差別を産み出す危険性があるため、アメリカでは1996年の医療保険の携行性と責任に関する法律(Health Insurance Portability and Accountability Act, HIPAA) の条項が2003年に改訂され、健康情報は特定の状況においてのみ使用され、公開されるという項目が盛り込まれた。
- 遺伝的データはHIPAAによって保護される健康情報だが、「匿名化de-identified*2」されれば、保護されなくなる。
- 匿名化というのは、法によって決められている18の個人認識項目(名前、住所、出生日など)を除去することである。
- また、遺伝的データはこの18項目に含まれていないので、HIPAAのプライバシー条項によれば、健康情報から除去する必要はない。
- このプロセスにおいて審査委員会のレビューを受ける強い必要性もない。
- 数週間前、アメリカ保険社会福祉省はHIPAAをリブート*3したが、匿名化の基準づくりについては、、総じて無視された。
- ゲノムデータの個人再同定re-idenficiationのリスクについては、部分的には個人ゲノムプロジェクトPersonal Genome Projectに責任がある。
- 2000人以上の参加者が、ゲノム情報、医療情報、環境・表現型情報を公開することに同意しており・・・著者もその一人。
- このプロジェクトは、プライバシーや機密性について何かの約束をすることを避けてきた。
- それで、誰が、なんでこんなオープンな同意をして研究に参加するのだろう?
後記
なんと結論が、「まあプライバシーなんてなくてもいいんじゃない?」と来たか。これが一般の人が言っているならすごいのだけど、残念ながら著者はデューク大学助教授。社会とゲノムとの関わりを研究しているらしい。
まあアメリカという国でのちょっとした現状を知るには、短いしいい記事でした。フランスとかはこんなに議論進んでないような。日本もでしょうけど。
そういえばこんな報道もあるみたいですけど
http://www.asahi.com/tech_science/update/0206/TKY201302060153.html
大丈夫なのかな。
*1:Gymrek M et al. Identifying Personal Genomes by Surname Inference | Science
*2:厳密には匿名化は通常anonymizationの訳語と思われ、これとde-identificationはわずかに違うようなのですが(参考:De-identification - Wikipedia)、ここではわかりやすさを優先して匿名化、と訳しておきます
*3:どう訳せばいいんだ
*4:Personal Genome Project参加者に、まれな血液系疾患を引き起こす遺伝的変異が見つかった、というのが例示されている。参照:Unexpected scary findings: the tale of John Lauerman’s whole genome sequencing | Personal Genome Project Blog