才能を予測する遺伝因子について(4) 認知能力は、ゲノム調べてもわからない(今のところ)

才能占いページから適当に一つ選んでみよう。ところでこのページに「日本の各種遺伝子専門家からは、 明確な科学的根拠を持っているとは言えないと言われています。」と但し書きがついているが、これは最初からあるものなのかな。

http://item.rakuten.co.jp/dna-s/i-001/

占うことができるとされている能力一覧表の、一番左側の「知性」のA、「認知能力」。才能占いは、子供の「認知能力」を予測できるんだそうだ。これを予測する遺伝因子として、科学的に確立されているものはあるのだろうか?

まずはゲノムワイド研究を見よう

ゲノムワイド研究について簡単に説明すると、これはヒトがもつ30億塩基ものDNAを包括的に調べるスゲー方法だ。ぜんぶ一気に調べちゃう。

ゲノムワイド関連研究GWASの分野は既にかなり確立されてきたので、方法論によって信頼の程度が大体把握できる。方法論的に納得出来るレベルにあるGWASを、アメリカ国立ヒトゲノム研究所(ヒトゲノム計画やったとこです)が世界から集めたページがここである。

http://www.genome.gov/26525384

Cognitive ability(認知能力)とかそれに類するものを対象としたGWASを、このリストからピックアップしてみる。以下の5件が挙げられた。

  1. Seshadri BMC Med Genet 2007:http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1995608
  2. Bucher Genes Brain Behav 2008、replicationあり:http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2408663
  3. Need Hum Mol Genet 2009:http://hmg.oxfordjournals.org/content/18/23/4650.abstract
  4. Cirulli Eur J Hum Genet 2010:http://www.nature.com/ejhg/journal/v18/n7/full/ejhg20102a.html
  5. Davis Behav Genet 2010、replicationあり:http://www.springerlink.com/content/92562u175446657u/

Catalog of GWASの表だけ見ると、「認知能力と関連する」と思われる遺伝子が多数挙げられていることに気づくだろう。ところがGWASは、一回P値が低いだけでは正当な評価とはされず*1、「再現の証拠 replication evidence」とかいって、最初に何千人かで得られた効果サイズが、さらに独立に集められた検出力十分の別サンプルでも同じように観察されることを要求される。まあ当たり前ですよね。研究で調べたサンプルでだけ「関連してるっぽい」と出たけど、他では全然ダメ、というのでは現実的には全く応用不可能、才能占いなどに活かせるわけがない。

まず上記5報のうち、replicationをやっているわずか2つの研究に注目しよう。とはいえこの二つは実は同じグループ。そしてこれらについては完全なnegative studyのようだ。GWASでスクリーニングしてピックアップした候補遺伝子が、再現研究でことごとく討死したようだ。GWASとしてのマナーを守った研究からは、「認知能力」と関連する遺伝因子はまだ見つかっていないと言える。

ほかの研究は、Catalogには挙がっているとは言え、信頼できるGWASとしての要件を満たしていない。これらの研究は再現研究を行っていないため、単独のGWASとして候補に挙げた遺伝子が、今後再現研究で再現される保証がまったくないからだ。とはいえCirulliらの研究の要旨の最後にはこうある。「We show that, consistent with published studies of the psychiatric conditions themselves, no single common variant has a large effect (explaining >4-8% of the population variation) on the performance of healthy individuals on standardized cognitive tests.  我々は、これら精神症状について既に出版された研究と同様に、健康な個人の標準化認知テストのパフォーマンスに対して大きな影響(集団の分散の4-8%以上を説明できるような)を及ぼす単一の頻度の高い遺伝的変異は存在しないことを示した」そもそも彼らは候補遺伝子を見出したと報告していない。Needらも同様だ。「These results suggest that common genetic variation does not strongly influence cognition in healthy subjects  これらの結果からは、頻度の高い遺伝的変異は健常者の認知能力に強い影響を及ぼしていないことが示唆される。」単独のGWASでも、こちらの陰性の結論を引くぶんには、検出力を考慮した上で可能である。

したがって、信頼度の高いゲノムワイド関連研究からは、才能占いが挙げた「認知能力」なるものを予測する遺伝因子は、なにひとつ検出されていないようだと言い切れる。

ゲノムワイドでない関連研究はどうか?

ゲノムワイドでない、というのはたとえばこういうの。

http://hmg.oxfordjournals.org/content/15/10/1563.abstract

DTNBP1という遺伝子があやしいと思うので、調べてみたら、関連してました!という感じの報告。ヒトゲノムぜんぶを包括的に調べるのではなく、当たりをつけて調べるハンター的な方法だ。わたしの予想では、「才能占い」系サービスのほとんどのベースをなしているのはこれだろう。

正直に言ってしまえば、これらのほとんどは無意味であるとされている。GWASが実用化される直前まで、遺伝の雑誌は実際こういう報告で溢れていた。今でもやっている方もいるし、日本では大声で言うのははばかられるところもあるが、欧米の総説などではもうハッキリ書いてある、無意味である、と。だって上にもあるようなDTNBP1、本物ならゲノムワイドでも出てるはずじゃん、ゲノムワイドでは全部調べてるんだから!*2

というわけで、実際のところゲノムワイドでない方法論、正式には「候補遺伝子アプローチ」で「認知能力」と関連があると報告された遺伝子はいろいろあるようだが、最初に挙げたGWASで捉えられていないので、これらほとんどはその正当性は保留、というか無効といってもよい*3

まれな遺伝的変異はどうか?SNP以外の変異はどうか?

ここのステップまで行くとちょっと専門的。GWASは、結局のところ頻度の高い遺伝的変異が頻度の高い表現型へ影響する程度を見る方法論である。まれな遺伝的変異の影響を見ることはできない。といってもまれな遺伝的変異は通常そのまま、まれな表現型にしか影響しない。こういった場合の解析法として連鎖解析があるが、才能占いの目的にはあっていないように思える。遺伝性の重篤認知障害を診断したいとかなら別だが、あたりまえだがそれは遺伝医学の仕事であって才能占いが手を出すべきものではない。

認知機能など小児精神医学周辺で言うと、今年はコピー数多型CNVという遺伝的変異の関連が複数報告された記念すべき年であった。今回、最初に挙げた論文のうちNeedの論文がすでにCNVも調べており、残念ながら関連する変異を見つけられなかったのは前述のとおりだ。しかし彼らの方法論は、今年自閉症などで成果をあげた方法とは少し違うので、そこ変えると何か見つかるのかもしれない。キーワードはrare CNVである。・・・もちろんまだ解明されていない分野の話だ。

GWASの「頻度の高い遺伝的変異」と連鎖解析の「まれな遺伝的変異」のあいだに中間があるのではないかと考える向きもある。1000ゲノムプロジェクトはこの方向から生まれ、この二つの遺伝解析で解明できなかったものを、新たに解明するための手がかりとして、GWASレベルよりさらにまれな頻度の変異を探索していった。これがどうなるかはこれからのことで、まだわからない。当然、才能占いなどが手出しできるレベルの話ではない。

人種差について

日本人について、遺伝子を特定するようなタイプの信頼できる遺伝解析はちょっと見つかりません。もうちょっと探してみます。

結論

というわけで、「認知能力」なるものを占う遺伝的テストなど、今現在地球上に科学的に正当な形では存在し得ないと思われる。実際のところ僕はcognitive abilityの専門ではないのでよりよくご存知の人がいればアドバイスをいただきたい。

上記に僕があげたような厳しい条件を満たす遺伝因子なんてあるのかと思った人がいるかもしれないが、もちろんある。たとえば前回挙げた加齢黄斑変性症に対するCFH遺伝子は、何個もの別々のサンプルで1e-50とかいうアホみたいなP値を連発してる。そういう世界です(ま、これは強すぎだけど・・・)。

*1:理由はWinner's curse effectなる経済学からの輸入概念で説明されます

*2:まあいろいろ異論はありましょうが・・・例えばゲノムワイドは市販のチップで行っているので、チップで捉えられていない変異である可能性とか、ないでもないが、HapMapベースの現状のチップ、その可能性は結構低いのも確か。一方乳癌のBRCA1/BRCA2がGWASで捕まっていないことからわかるように、特定の家系に強く影響する遺伝因子は、一般集団のGWASからは見つからないことはある。でもこれはタイプの違い。BRCA1/2は実際ゲノムワイド連鎖解析でつかまったものだ。

*3:少し補足。GWASで使用されているα=5e-8の有意水準は、ENCODEのシークエンスデータから機械的に求められたことになっている。MAF>5%のvariantであれば、たとえcandidateであってもP<5e-8であれば本物と考えてよいだろう。ただしそんなレベルの候補遺伝子研究はほとんど見たことがない