自閉症と関連する遺伝的多型

自閉症は、最近autism spectrum disorder (ASD)と呼ばれるらしい。小児科でも精神科でもないので詳しくはない。親御さんにとっては大変深刻な病気であって、犯人(病気の原因)探しがずっと続いており、近年ではMMRワクチンが原因だと叫ばれたことがあったが、その後の追試*1,*2で確認されず、最終的には最初の臨床試験のデザインとお金(著者がアンチワクチン運動に関わっていた)に問題があったと結論されて、オリジナル論文の取り下げに至ったということもあった。これは確かLancetだったと思うが、まずそもそも権威ある論文の査読を受けており素人考えではないこと、さらに間違いがあったなら雑誌側が取り下げ、報道側がきちんとそれを報道している点に彼我の違いを感じる。いろいろな点で、イギリスと言うのは言論に関して大いに学ぶところがある国だ。日本を世界と比較して最も劣っている点があるとすればそれはジャーナリズムだろう。

さてそんなこんなだが、自閉症は遺伝性があるとされているのだが、このSNPを用いたGWASの時代にあってもまだ完全に確立された遺伝因子がみつかっていない。しかしすこしずつ進展してはいる。今週のNature geneticsは、また少し新しいアプローチを与えていた。

Berkel Simone et al. Mutations in the SHANK2 synaptic scaffolding gene in autism spectrum disorder and mental retardation. Nat Genet 2010; 42: 489.

Using microarrays, we identified de novo copy number variations in the SHANK2 synaptic scaffolding gene in two unrelated individuals with autism-spectrum disorder (ASD) and mental retardation. DNA sequencing of SHANK2 in 396 individuals with ASD, 184 individuals with mental retardation and 659 unaffected individuals (controls) revealed additional variants that were specific to ASD and mental retardation cases, including a de novo nonsense mutation and seven rare inherited changes. Our findings further link common genes between ASD and intellectual disability.

http://www.nature.com/ng/journal/v42/n6/abs/ng.589.html

この研究では、Affy 6.0またはIllumina 1Mチップを用いて自閉症と関連するコピー数多型(CNV)を調べている。CNVというのは1000塩基異常にわたる長い配列モチーフが、人によって2個、3個も連続して繰り返していたり、人によってはまるごとその部分が無かったりするという、DNA配列の個人間の違いである。たとえば乳製品・肉を主食とする中央アジア遊牧民族と比較して、ヨーロッパ人やアジア人といった農耕して炭水化物である米やパンを主食とする民族はアミラーゼという炭水化物を分解する酵素のコピー数が多いことがわかっている*3。同じヒトのあいだでもこのような違いが出現するというわけだ。

このCNVは遺伝子そのものの数が増減して人によって数が違うと言うわけで、たった一塩基が変化するだけのSNPと比較して一般的な分子生物学者にも大変わかり易く、期待されていた遺伝的マーカーだった。一方遺伝疫学者は、CNVのほとんどはSNPで予測可能なのではないかと考えていた。というのも、DNAの組み換え確率と遺伝継承法則の予測からすれば、commonな遺伝的変異(具体的には集団内頻度が約5%以上)はその種類に関わらず、現状の50万ー100万のSNPでほとんどを捕まえることが出来ていると予測されているからだ。象徴的な論文が最近Natureに発表されている。Sangerのチームは、現在世界を席巻しているGWASの記念碑的な論文となったWTCCC1*4と全く同じサンプルを用いて、ゲノムワイドCNVの解析を行った*5。結果は、SNPでの解析が数十もの明確な遺伝因子を同定したのに対し、CNVではたった三つしか見つからなかった上、それらはいずれもSNP研究で既に見つかっていた場所だった。つまり、CNVのゲノムワイドタイピングは必要ないのかもしれない。SNPでGWASをしたら、あとはその周囲を詳細なマッピング(fine mapping)すればいいだけなのかもしれないと思わせる研究だったのだ。

そもそも、たった一塩基の変化として、シークエンスやれば確実な結果が得られるのみならず、チップを用いたゲノムワイドのスクリーニングデータですら極めて高い実験精度を誇るSNPと比較して、CNVはあまりにアーチファクトが多いようなのだ。というわけでみんなCNVってあまり使えないね・・・と思い始めている。しかしこれは多因子遺伝疾患、つまり「患者も健常者もリスク遺伝子を持っている可能性がある。ただリスク遺伝子を持っている人は病気を起こす可能性が高くなる」という場合のことだ。rare variant、たとえば最近テレビで有名なところではプロジェリアのような病気の場合、SNPではなくCNVを直接調べることにも意義があるだろう(これは次世代シークエンス技術にも言えること)。

本研究はつまり、本来それなりの頻度を持った病気である自閉症が、「実はまれな遺伝子変異を原因とした多数のrare diseaseの集合体である」と考えたのだろう。著者らは最初184人の精神遅滞と、396人の自閉症患者をいずれもゲノムワイドにCNVのタイピングし、そのうちそれぞれ「一人」ずつに、SHANK2遺伝子上の遺伝的欠失を認めた。これは対照者5023人には認められない遺伝子変異だったことを発見した。次に184+396の上記患者DNAと659のコントロールDNAをSHANK2遺伝子領域に関して直接シークエンスした。するとさらに、上記患者以外でも、様々な別の箇所にミスセンス変異などを見つけた。やはりこれらはコントロールには認められないものだったということである。まったく他意なくゲノムワイドスクリーニングからはじめた研究であるが、以前に同定されたことのあるまれな遺伝変異のあったSHANK3と同じファミリーであるSHANK2であったというのもどうも本物らしい結果であると思わせる。

現在のSNP研究は、「頻度の高い疾患は、頻度の高い遺伝子変異によって起きる(Common-disease common-variant仮説)」によっている。しかし今回の研究が確認されるなら、どうやら自閉症という割と頻度の高い疾患は、「まれな他数の遺伝子変異によって起きている(Multiple rare variant仮説)」と言えそうだ。

私は進化論には詳しくないが、これは少し考慮を要する結果でもある。自閉症というのはもちろんアジア人でもヨーロッパ人でも、おそらくアフリカ人にもある疾患であると思われる。したがってそれらは、この3人種にヒトがわかれる以前から存在する遺伝子変異によるものである→したがって頻度が高い、とするcommon-disease common-variant仮説は自然な発想であると考えられる(またこの考え方はここまでリウマチや糖尿病などにおいて成功したわけである)。しかし自閉症に関してはそうではなかった。頻度がまれであるということは、通常は人類にごく最近生じた突然変異であることを意味する。要するに世界中のあちこちに人類がちらばったあと、あちこちで勝手に突然変異が生じ、それが似たような疾患「自閉症」を引き起こしていると言うことになる。考えようによっては、器質的な疾患と比較すると、精神疾患ではこのようなことはままあるのかもしれない。自閉症というのは「疾患」と言うよりは、誰にでもおこりうる突然変異がちょっとずつ蓄積して、少しだけ全体集団の平均からははずれてしまったというだけのことだと考えれば、別に自閉症がcommon variant仮説に従う必要はないわけだ。

*1:Madsen KM et al. A population-based study of measles, mumps, and rubella vaccination and autism. N Engl J Med 2002;347:1477.

*2:Smeeth L et al. MMR vaccination and pervasive developmental disorders: A case-control study. Lancet 2004;364:963.

*3:Perry GH et al. Diet and the evolution of human amylase gene copy number variation. Nat Genet 2007;39:1256.

*4:WTCCC. Genome-wide association study of 14,000 cases of seven common diseases and 3,000 shared controls. Nature 2007;447:661.

*5:WTCCC. Genome-wide association study of CNVs in 16,000 cases of eight common diseases and 3,000 shared controls. Nature 2010;464:713.