関連SNPの分子生物学的意義について、心筋梗塞関連SNPに着目して

ここ数年、市販ベースのSNPジェノタイピングチップの価格大幅暴落に伴ない世界中の研究者がゲノムワイド関連研究(GWAS)の成果をあげている(そもそも暴落したのは、あまりに結果がよいので幅広い需要ができたからだ)。それらの(まっとうな結果の)ほとんどはNature geneticsに発表され、めぼしいものはScienceやNatureにも掲載される。患者集団と健常者集団からDNAを抽出してきて、市販のジェノタイピングチップで結果を出して、統計解析するだけで論文になるということで、守旧派分子生物学者からは批判どころか侮蔑するかのような態度が見られていたものだが、地域が違っても、人種が違っても、どこでも50万以上にも及ぶ因子の中から数カ所が有意な関連として見出されるこの研究は、あきらかに科学的で、ヒトの病気の真実に迫るものである。そもそも30億塩基に及ぶゲノム全てを包括的に対象とできる高々50万の遺伝的変異セットを作成できたということ自体に少しくらい感動しても良さそうなものだ。

そのような有意な結果のなかには古くから知られているものもある。たとえば関節リウマチと関連するHLA遺伝子座*1アルツハイマー病と関連するAPOE*2などである。遺伝子機能から関連あるだろうと想像できるが、改めてはっきりとした関連が見出されたものには肺腺癌と関連するTERT*3、血糖値と関連するG6PC*4グルコース6リン酸デヒドロゲナーゼ)などが挙げられるだろうか。そして、まったく予想もしなかった座位なのに、非常に強い関連が見出されたものもあった。大腸癌、乳癌、前立腺癌など複数の癌と関連する8q24領域*5、肥満や2型糖尿病と関連するFTO*6、そして心筋梗塞と関連する9p21のCDKN2A-CDKN2Bの二つの遺伝子にはさまれた領域*7などである。

目鼻の効く分子生物学者は、これらGWASで同定された領域の解析をしている。たとえば複数の癌と関連する8q24においては、これは遺伝子のない領域なのだが、この領域内の関連SNP領域が1Mb下流にあるMYCのエンハンサー領域ではないかとする複数の論文が出ている*8。うまれつきの8q24の遺伝的な違いによって、MYCに対するエンハンサー作用が変化し、癌になりやすくなるという仮説となるだろう。FTOなどは、KOマウスが激しいやせを呈することが証明されたほどだ*9。これら、GWASが発見した遺伝因子の疑いない真実性が次々と証明されてきている。

そして先月は、CDKN2A-CDKN2B領域の心筋梗塞関連SNPについてのひとつの分子生物学的解析が発表されたのだ。まずはNew England Journalに載っていたEditorialから読んで行こうと思う*10心筋梗塞の発症のうち、実に50%以上は遺伝因子により説明できるようだ。CDKN2A-CDKN2B座位はそのうち関連最強のもので、OR(オッズ比)は1.5くらいだが、PAR(集団寄与率) 25%を示している*11。特にこの遺伝子変異は、若年者心筋梗塞においてより頻度が高かったようである。これはそのほか脳梗塞、ASO、AAA、脳動脈瘤などの発症とも関連が報告されている。

ViselらによるCDKN2A-CDKN2B座位の解析について*12。彼らはマウスにおける相同領域の70kbのnon-coding regionを欠失させ、Cdkn2a、Cdkn2bの発現が低下することを確認したうえ、おなじ変異マウスの大動脈平滑筋細胞の増殖能が倍になっていることをin vitroで観察。ちなみにこれらKOマウスの半数で腫瘍が発生したが、これについてはCDKN2A, CDKN2Bが癌抑制遺伝子としてすでに知られている機能と一致するそうだ。普通食を与えると、KOはWTにくらべて、同じ食事で体重が急速に増えたそうだ。高脂肪高カロリー食を与えるとKOマウスにおいて死亡率が上昇したが、大動脈の粥腫かな?fatty-lesionの形成はWTと変わらなかったのだそう。

*1:たとえばP=4x10-186など、http://www.nature.com/ng/journal/v40/n10/abs/ng.233.html

*2:たとえばP=2x10-157など、http://www.nature.com/ng/journal/v41/n10/abs/ng.440.html

*3:P=2x10-10http://www.cell.com/AJHG/retrieve/pii/S000292970900408X

*4:P=9x10-218http://www.nature.com/ng/journal/v42/n2/abs/ng.520.html

*5:P=9x10-26など、http://www.nature.com/ng/journal/v40/n5/abs/ng.133.html

*6:P=2x10-20など、http://www.sciencemag.org/cgi/content/abstract/316/5826/889

*7:P=1x10-20など、http://www.sciencemag.org/cgi/content/abstract/316/5830/1491

*8:http://www.nature.com/ng/journal/v41/n8/full/ng.406.htmlhttp://www.nature.com/ng/journal/v41/n8/full/ng.403.html

*9:http://www.nature.com/nature/journal/v458/n7240/full/nature07848.html

*10:http://content.nejm.org/cgi/content/short/362/18/1736

*11:ORは、この遺伝因子を持っていない人に比べて、持っている人の発症率は1.5倍であるということを意味する。PARは、この遺伝因子を完全に除外すると、ある集団の心筋梗塞の発症率が3/4に減るということ。ここでのその集団とはもちろんアメリカ人のことである。アメリカでは1600万人くらい罹患してるようなので、この遺伝因子を完全に除外すれば400万人もの心筋梗塞が発症しなくなるはずだ。OR自体は大して高くはないのだが、SNPというのは頻度が高いので、このように非常におおきな効果が推定されるのだ。もちろん「遺伝因子の完全な除外」というのは現時点では絵空事であるが

*12:http://www.nature.com/nature/journal/v464/n7287/abs/nature08801.html