笹井先生の会見

率直な感想として、「正直に言い訳した」って感じで面白かったです。

笹井先生ご自身は、うわさに聞く通り優秀な方なのだなぁと思いました。会見を聞いていて楽しかった。

大衆の意思を操作することで、科学の世界をねじ伏せようとする小保方会見のような恐ろしさや凄みはなく、いらだちも感じませんでした。

Natureクラスの論理骨子はすでに崩れているが、まだ見込みはあるので再度構築したいというのが笹井先生の言いたいことでした。

それはそれでいいんじゃないでしょうか。まあ分野の近い専門家の方はまた違うご意見をお持ちのこともあるでしょうが。

もちろんまだまだ疑義は残っているし、会見でごまかしているところも見受けられたけど、いまでもNature論文だと思うとそういうのが大変気に入らないでしょうが、実質的にはすでにそんな栄誉を与えられた研究テーマではないわけで、学会でもよく発表されるような単なる数ある仮説の一つであるわけです。その程度のものであるなら、そこまで厳しく当たる必要もないでしょう。ま、ここまで優しくするのは、きちんとリトラクトされた後で、にしたほうがいいのかな。

また科研費取ってまたこのテーマで研究していいんじゃないですかね、小保方さん以外が。科研費とれなければ海外のグラントでも取れば。それも取れなければ、このテーマは終わりです。ほかの数ある研究テーマと同じことです。みんなそうやってやってるわけで、フェアなことです。

僕自身は納得いたしました。

STAP問題

まあなんというかね、ああいうタイプの研究者って、まぁ他にもいるとは思うんですよね。笹井さんには災難だったと思うけど、ここは広い視野に立って進退の判断をしていただきたいところではあるなぁ。

こういうのは研究者にしかわからんもんなのかなぁ。未だに擁護してる人がいるとか。まあほんとに、そういう意味では天才的な人なんだろうなぁ。

理研の対応も興味深かったなぁ。当初は全力で守ろうと動き出しては見たが、調べ始めたりネットからの情報を総合するとどう考えてもおかしいな、やばいなあ、とか思ってたら文科省とか官邸が怒り始めた、まずいまずいと天下り組事務さんたちが慌て始めた、ついでに野依さんが激ギレし始めたのでそれを利用して事務方から強力な圧力かかった、調査委員会側は当初擁護しようとして手ぬるい調査をしはじめちゃった経緯があるので、スジ論で突き返すことができなかった、最終的に早急な(拙速な?)結論を出してしまった・・・みたいに見える。見えるだけですけど。

ですので、多くの一般の人とは見え方が異なるかもしれないが、理研は小保方さんを守ろうと努力を重ねたけれど、科学的観点からついに無理だと判明した、それでもなんとか配慮はしてみたけど思いっきり噛みつかれた、みたいな感じに見える。なんとも情けなや。

「捏造」と判定された件について小保方さんが「パワポによく使ってた画像で、それをミスで載せてしまった」と返した。うまいなぁ〜本当に、と思いました。これ、理研は反論可能なのかなぁ。天才だ。研究者としてじゃないけど。返答をするのがものすごく速くて、頭の回転が速いんだろうね。多分ものすごく回転が速いので、文言として適切な(言質を取られないことを含め)回答をするのみならず表情や振る舞いまで全制御可能なんだろうな。

なんだか味方になっても、敵になっても、周囲を滅ぼすような、そんな存在なように思えちゃうな〜。

裁判、小保方さんが勝ちそうな気がするなぁ。

まあ勝ったからどうなん、って感じもするけど。

日本中のラボは、小保方さん、のみならず、「小保方さんっぽい人」の雇用にすら及び腰になっているだろうと思われる。

STAP細胞

について何か書いたような気がしますが、削除しました。ごめんなさい。

研究者として見ますと、本件はもう科学としてはほぼ決着はついていますから、政治的なほうもどうぞ早めにお願い致します(かなり主張を弱めた)。

ジャーナリストの方々に於かれましては、今回の件を糧にしていただいて、最先端の生命科学においては「真実」なるものはわりと曖昧なものですから、ベイズ推定的な考え方をされたほうがよろしいかと存じます。頻度論的に考えると「我が国を代表する理研の研究成果がNature誌に発表された!」とか言ったらこりゃ危険率5%で真実だよ、もう間違いないや、ってなるかもしれませんが、ベイズ推定をすれば、真実味が高いなぁ〜くらいに落ち着き、その後の再現性確認やらもろもろ論文の問題点によってまた真実味が次第に落ちていく、という至極当然の方向性になっていたのではないかと思われます。

海外でのダウン症出生前検査後の妊娠中絶率について

事実について述べるのみです。この件について特定の意見を表明するものではありません。

http://anond.hatelabo.jp/20130628194054

という、非常に素敵な、人間としての誠実な葛藤をとても素直に表現されている、ブクマもとても多くついていた文章について

海外で出生前検査をする理由は、生まれる前に障害の有無を確認し、もし障害があった場合は「生まれる前から準備をしましょう」っていうのが基本的な考えだと聞いた事がある(親の心構えとか、住居をリフォームするとか、コミュニティに参加するとか等々)。

http://anond.hatelabo.jp/20130629034708

というトラックバックがついている。ここから、海外では出生前検査をしてもあまり妊娠中絶をしないというふうに読み取ることが可能であるように思う。しかしそれは事実ではない。

ここで「海外」といった時「欧米」を指していると考える。それは、正確な出生前検査が提供され、かつ市民がそれを無理なく利用できる稼ぎが通常あるということを前提となると思われるからである。ある発展途上国で「出生前検査は国がお金を出すが中絶にはお金を出さない」としたとき、両親の考えとは関係なく金銭的理由から中絶は選ばないであろう。また、アメリカも医療費についてはいろいろ問題がある国なので、両親の考えが医療判断にストレートに反映されるという意味では基本的には欧州のほうがそうであろうと個人的に考える。

ここでは、最近技術的に可能になった血液検査ではなく、従来通りの羊水検査を含むダウン症スクリーニングについての調査結果についてご紹介する。

欧州での実際の出生前検査後中絶率は以下のとおりで、全体として90%弱が、出生前検査後妊娠中絶を選んでいると分かる。Boyd PA et al. (2008)*1から表4を引用、やや改変し日本語訳した。改変したのは、統計学的な指標(95%信頼区間)を除いたのと、今回の理由においては必要ないと思われたため、出生前診断が行われた妊娠週数を省いた。必要ならば、元の表は脚注から原文に行って参照できる。

スクリーニング政策* ダウン症患者総数 出生前診断数(%) 妊娠中絶数(出生前診断数と比しての%)
デンマーク A 22 14 (64%) 12 (86%)
スイス A 60 57 (95%) 52 (91%)
ベルギー B 79 53 (67%) 48 (91%)
イングランドウェールズ B 652 429 (66%) 325 (76%)
フランス B 455 408 (90%) 392 (96%)
ドイツ B 36 23 (63%) 22 (96%)
イタリア B 536 380 (71%) 352 (93%)
クロアチア C 22 7 (32%) 7 (100%)
オランダ C 88 37 (42%) 27 (73%)
スペイン C 204 153 (75%) 147 (96%)
アイルランド D 130 7 (5%) 0 (0%)
マルタ D 24 0 (0%) - (-)
合計 2308 1568 (68%) 1384 (88%)

各国スクリーニング政策は、Aは全国で第1三半期*2にスクリーニング検査を提供。Bは全国で第1か第2三半期にスクリーニング検査を提供。Cは国家政策としてのスクリーニングはないが、なんらか行われている。Dは、スクリーニング政策なし。

また、国名として並んでいるものの国家規模のサーベイではなく、各国のある地域におけるサーベイのまとめである。

アメリカでの調査は、州別になっていて、あまりそこまで日本人として興味ないと思うのでレンジだけ示すと、Natoli JL et al. (2012)*3によると、地域集団ベースの複数の研究をまとめると67%(61-93%)が出生前検査によるダウン症診断後中絶を選んでいる。



もう一度繰り返すが、これは特定の見解を支持するものではない。

私がこれを書いたのは、件のトラバ文章において

まあ、因果応報ってわけじゃないけど、出生前検査をして障害があるようだったら産まない!っていう考えの人ほど、実際に子供が生まれて、その子が後天的に障害を負ってしまった時、乗り越えなければいけない壁がものすごく高くなるような気がする。

あと、男性で「検査で障害があったら産まないでくれ。でも産んでから後天的に障害を負った場合は、その時頑張るよ。」っていう人は、本当にその時が来たら、受け止めないで逃げちゃうんじゃないかなぁ、と心配になる。

という書き込みが後段にあったからである。

思想は個々人で自由であり、とくに出生前検査後中絶に倫理的問題がないとは到底思えず、社会的議論を喚起していくべきものであることは明らかだ。

しかしこのようなかたちで、今まさに妊婦である女性にプレッシャーを与えることは絶対にやめてほしいと思う。個人対個人としてぶつけるべき言葉ではない。

そしてこのプレッシャーに関して、冒頭文言がそれを補強する文章となっているのだと感じたので、その段落のある一定の読み取り方について、それができないことを示した。

誰も読んでないけど追記:いかなる理由があろうとも、妊婦さんにプレッシャーをかけるわけにはいきませんが、旦那さんがたにはプレッシャーをかけたい。私の妻はフランスで妊娠・出産しましたが、ご存知でしたか、「妊婦検診に来ているほとんどすべての妊婦さんに、パートナーの男性がくっついてきている」ことを!!マジびっくりですよ。なんか優しそうにお腹を撫でながら、検査で不安になっている妊婦さんを励ましてるらしいぞ。信じられないだろ。あれ、半数は結婚してないんだぜ(PACS)。いや僕行かなくてなじられましたけど。というかナースに「なんでダンナ来てないの?」みたいに言われたそうですけど。もしかするとフランスとの出生率の違いにこういうのも影響してるのかもしれませんぞ。安倍首相、森大臣、「妊婦検診付き添い休暇」の導入とかどうですか。フランス人はもともと有給を山ほど取れるのでそれで来ているらしい。

*1:

*2:日本では妊娠を四半期に分けるが米国式では三半期trimesterにわける

*3:

診療における医療的意思決定への患者の参加

はてなー的に興味がある素材ではないかと思ったので、ご紹介。

Tak HJ, Ruhnke GW, Meltzer DO. Association of Patient Preferences for Participation in Decision Making With Length of Stay and Costs Among Hospitalized Patients. JAMA Intern Med. 2013;27:1-8.

論文のタイトルは「患者による意思決定への参加の選好と、入院患者の入院期間・コストとの関連」

方法としては、医療情報の提供を受けたり医療意思決定に参加したいかどうかについての質問を含んだ調査を、シカゴ大学医療センター一般内科サービス(University of Chicago Medical Center general internal medicine )にて2003年7月1日から2011年8月31日までに入院した患者において行い、21754人(69.6%)の入院患者から回答を得たというもの。

結果は以下の様な感じ(アブストのみから)。

  • 平均入院期間は5.34日で、平均的な入院医療費は14576ドル(≒145万7600円)
  • 96.3%の患者は自身の病気と治療オプションについての情報提供を望んだが、71.1%の患者は、意思決定については医師に任せることを選んだ。
  • 医療意思決定への参加をより望む群においては、教育レベルが高かったり、プライベートの医療保険*1を有している傾向があった。
  • 医師に決定を任せるという望みが強い患者と比べると、意思決定に参加したい患者は入院期間が0.26日(95%CI 0.06-0.47日)長く、合計の入院医療費が865ドル(≒8万6500円、95%CI 155-1575ドル)高かった(P=.02)。

以下雑感です。

私自身も、本来診療上の意思決定は可能な限り患者さんとの共同作業であるべきと考えます。ただ日本の医療のすべての面について言えることですが、(既存のやり方に加えて)何かをやるにはお金が必要だ。ってことです。

「8万円くらいならいいじゃんか」と思う人は、これは平均値なのでもし1万人分8万円増えたら8億円増えているということをお忘れなく〜。

0.26日の入院期間延長は、わかりやすく言うなら、4人あたりだいたい1人ぶん、1日ぶんの病床が占有されることになるので、論文の結果を受けて平均入院期間5日とすると(みじかっ!)、入院が必要な患者さん20人あたり1人が入院できなくなる(満床なら)ってことになりますかね。大雑把ですけど。新聞紙の言う「たらい回し」が20人あたり1人分さらに多めに起きちゃうかも。もちろん「だからできない」ではなくて、もしこれをやりたいなら他の理由での入院を何か減らすっていうのが現実的選択肢ということになります。「今週は若いもんが農作業で忙しいので、おばあちゃんを入院させてくれないかねぇ」が効かないようになるとか(あくまで例えですよ)。出産での入院は分娩当日に麻酔も覚めたか覚めないかわからないうちに退院とかですね。

ところで、「患者への医療情報の提供」は、現在では日本の医師は普通にやってると思いますが、「患者の医療意思決定への参加」ってなんのことでしょうね。

昔の話になりますが、聞いたところでは、アメリカの某大学病院では医師は患者さんと一緒にカプランマイヤー曲線を見ながら*2「ああだこうだ」と話し合っているそうでした。多分これのことではないかと。もちろん、見せるだけなら、「情報提供」にすぎないので、そこからさらに患者さんの意思決定への参加という要素が必要になります。詳細を記述する力は今のところないので、誰かさんがやってくれれば。

これ、数理統計学者の患者さんとこれをやるとなったらかなりの緊張ものだな!「この治療法はP値が低くて・・・」「そのP値はどうやって計算されたんですか!?」みたいな。「わたしはベイジアンです」とか言われたり。

ところで、ということは、これを化学物質過敏症でやろうとすると、プラセボと同じだったりする表を見せざるを得なくなるので、まっとうな立場からは診療がうまくできないことになりそうです*3

なんてことを言うと叩かれそうなのでやめておこう。

まあ逆に偏った論文だけを提示されて医者に丸め込まれることもあるでしょうかね。アメリカだとガイドラインの制定がかなり徹底されているのが抑止力になっているのかもしれません。

しかし、それこそ、T先生みたいな人が「ベイジアンの立場からは解釈はいろいろ。わたしは化学物質過敏症はあると強く信じているんです。だから検査は有効と考えます!」と言われたとき、対等に話しできる医者はどんくらいいるんだ*4

実のところ、実際、化学物質過敏症とされる患者さん達が、これらの論文を見せられ、議論してもなお化学物質過敏症としての治療を求めるなら、「患者参加の医療意思決定」としてはその治療を行う、ということになると思います、基本は。もちろんより高額の医療費のもとで、ですけども。あと完全に自由に診療できるのは先進国ではアメリカくらいでしょうけど。

あと、これを日本でやるには、「論文は英語で書かれている」っていうのが大きな壁になりますね。

そんだけです。

明日はどっちだ。

*1:アメリカの医療保険はもともと複雑な上、現在は移行期ですから、ここが少し不明だと思われた方はご自分でぜひぐぐってくださいな

*2:UpToDateを見ながら

*3:http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0091674906016964, http://informahealthcare.com/doi/abs/10.1080/15563650701742438

*4:T先生twitterとは違ってこの言明はある程度間違っていないと思いますが

えええ!

わ・・・id:what_a_dudeさんのページがなくなってる〜!日本のネット界の最も良質な統計情報の一つが消えてしまった・・・(確かにあそこまで素晴らしい情報を無料で提供することもないよな〜とは思っていたけど)。わたしみたいに気分次第で専門外もてきと〜に仕事時間のあいまに書いてるのとはレベルが違いましたから、残念です。

堂々と遺伝的差別を肯定する週刊現代について


※ 多くの人に見ていただいているようですが、「差別」の説明のところの記述に問題があるようなので書き直ししております。ゴメンナサイ。6月11日

まただよ。出たコレ。ウケる〜*1

血液型より正確!? あなたの性格はDNAで決まっていた(週刊現代) | 現代ビジネス | 講談社(1/3)

なんて書いてますが結構イラついています。正しい科学的知見をできるだけ多くのサイトが書くほうがいいようなので*2、本来日本にも素晴らしい研究者がたくさんいらっしゃる生命倫理学が本職の分野ではあります*3が、聞きかじりの知識くらいならある遺伝統計学者として、頑張ります。

ところで、ここに挙げられている知見、ドーパミンD4レセプター*4セロトニントランスポーター*5の多型が性格に関連する、というの自体は、怪しいものではありません。ただ、数百人の解析でも関連ありになったりなしになったりというレベルの効果量ですけどね。セロトニンの方は「不安」気質の5%程度しか説明しないんじゃなかったかな。

しかし問題の本質はそこではない。

「たとえばアメリカでは、DNA検査でわかった性格を企業の人事配置に役立てたり、教育方法やスポーツ種目の適性を判断したり、さらには軍隊のマネジメントにまで利用しています。それが常識になりつつある。

アメリカ以外では、中国や韓国でも、積極的に取り入れられている。日本は後れをとっているのです」(佐川氏)

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/36080?page=5

佐川氏って誰よ。まともな遺伝学者か法律家にインタビューしろよ!

ここに書いてあるようなことはアメリカでは厳格に禁止されています。そのお話を今日はします。

なにがいけないのか

歴史的には、そこで佐川氏が主張したようなこと、ヒトの遺伝的情報、ゲノムに書き込まれた情報を利用して社会的な区別をするような行為は「優生学Eugenics」と呼ばれる学問分野の取扱範囲です。が、この学問は現在は存在しません。

なぜならこの学問に基づいて、ナチスドイツがユダヤ人虐殺、ならびに障害者虐殺を行ったとされるからです。

この学問を支持していたせいで、20世紀最高の知性の一人と私が思うロナルド・フィッシャーですら戦後に英国の教授職を追われ、異国で客死したほどですよ。

現代においてはどのようなことが起こりえるでしょうか。例えば次のようなことが起こりえます。

  • 医療保険に加入しようとした際、「あなたは癌になりやすい遺伝因子がありますね。保険料は2倍です」
  • 企業の採用面接で「あなたのゲノムデータを提出してください。はあ、なるほど。君は上の人間に逆らいやすい気質と関連する遺伝因子を持っているね。採用できません。」
  • 企業の昇進に関して「このまえ君の髪の毛を内緒で採取して、遺伝子データを調べました。君がアルツハイマー病になりやすい遺伝因子を持っていることがわかりました。管理職になってから大変なことをしでかすとも限らない。部長へは昇進できません」

これが何が問題かというと、

遺伝因子は、生まれ持ったまま一生変わらない

ということです。このように、その人にとって変えることの出来ない特徴を理由として待遇などにおける区別をすることは、差別discriminationの一要件を完全に満たします。タバコのようにやめることができるものではないということです*6。「お前はユダヤ人だから採用しない」と、同じ事を行っているということです。殺しているわけではないだけで、ナチスドイツと同じ事をやっているということです。

そういうわけですから、ナチス・ドイツ後の世界である現代において、これらのようなことを禁止する法律、1990年ベルギーから始まった遺伝的差別禁止法が欧米では一般に制定済みです。

残念ながら、日本の法体系では明確には禁止されていないと思います。

ここではアメリカの法律をご紹介します。アメリカは2008年制定で、遅れていたと言われています。リベラリズムの色彩が強い法律ですが、署名したのは息子ブッシュ大統領です。ただ強烈な推進者は民主党エドワード・ケネディ上院議員で、未来の大統領バラク・オバマ上院議員もそのグループでした。

遺伝的差別禁止法(Genetic Information Nondiscrimination Act 2008, GINA)

アメリカの遺伝的差別についての禁止法はいくつも流れがあってよくわからないのですが、2013年時点では、HIPAAが遺伝情報のプライバシー面を担当し、保険・雇用差別の禁止はこの遺伝的差別禁止法が主にそれに対応しているようです。

法律は専門ではないので、ネットに転がってる日本語記事をご紹介することにします。原文も読んでみたことはありますが、法律的文章って日本語ですらわけわからないし、英語ではなお意味不明でした。ここは専門家に頼りましょう。

遺伝情報差別禁止法は、雇用主が従業員の雇用、解雇、職場配置、昇降格の決定を下す際に個人の遺伝情報を利用することを禁じている。また、特定疾病にかかりやすい遺伝子を持っているというだけの理由で、団体医療保険医療保険会社が健康な人を保険対象から除外したり、それらの人に高額な保険料を課したりすることも禁じている。

http://www.nedo.go.jp/content/100105464.pdf

こちらも読んでみます。

遺伝子情報差別禁止法の規定する、遺伝子情報(”genetic information”)とは、1.本人の遺伝子テスト、2.家族の遺伝子テスト、及び3.家族の病歴、に関わる情報を意味しますが、性別及び年齢の情報は含みません。遺伝子テスト(“genetic test”)とは、遺伝子型、突然変異、若しくは染色体変化を検知する、人のDNA、RNA、染色体、タンパク質、又は代謝物の分析を意味しますが、遺伝子型、突然変異、若しくは染色体変化を検知しない、タンパク質、又は代謝物の分析は含みません。雇用主、雇用期間、労働団体等は、遺伝子情報に基づく、従業員の採用、解雇及びその他の雇用に関する報酬、条項、条件、特権上の差別的行為が禁止されます。また、雇用主による従業員の遺伝子情報の要求、入手、又は購入が禁止されます。

http://www.mtbook.com/america/2008/09/post_49.html

「遺伝子情報」という訳語は感心しません*7が、まあしょうがないか。

こういう優れたプレゼンテーションもありました。法学系のヒトは「genetic = 遺伝子」って訳すことになってるのかな。

http://www2.kobe-u.ac.jp/~emaruyam/medical/Lecture/slides/110210genomeELSI.pdf

原文抄訳もあった。

http://www2.kobe-u.ac.jp/~emaruyam/archive/genome/090205GINA_Summary.pdf

英語が読める方はこちらもどうぞ。

​Genetic Discrimination | NHGRI


どこからどう読んでも、佐川なんたらいう評論家が言ったようなことは、アメリカで法的に禁止されています。どこのなにが「常識になりつつある」だって。ふざけるな。

日本では

日本では、個人情報保護法によって、遺伝的情報のプライバシーの方は厳格に守られている(はず)です。むしろ厳格すぎて、遺伝学的な共同研究を欧米とやる際に支障が出るほどです。しかし前述のように、少なくとも明文化して遺伝的情報を用いた保険・雇用差別を禁止する法律はまだ存在しないはずです。こちらの記事をご紹介します。

http://medg.jp/mt/2012/11/vol664.html

安倍首相が現在保守政権を率いています。遺伝的差別禁止法は前述のようにリベラリズムの考えが基盤ではあります。企業の営利を優先するなら、特に医療保険において遺伝的差別は容認されかねない。しかし、安倍さんはどっちかというと遺伝的情報差別を禁止することに同意してくれる可能性が高いのではないかと思っています。なぜなら、安倍さんは潰瘍性大腸炎の患者さんだと言うではないですか。潰瘍性大腸炎の発症と関連する遺伝因子は、40以上も明らかに成っています。するとこういうことが可能でしょう。安倍さんがまだ政治家を始めようかとする頃に、

  • 潰瘍性大腸炎の発症と関連する遺伝因子を持っているから将来政治業務を遂行できない可能性が高い。安倍氏は議員として不適切である。

と、対立候補が主張したらどうですか。

私はこのような差別は容認しません。

潰瘍性大腸炎に悩む安倍首相、今こそ、明文化した遺伝的差別禁止法を制定していただきたい。親しい学者さんとかいたら、是非進言していただきたいところです。

*1:すいません、日本を出国してしばらくになるので、もしかすると死語で超ダサい始め方してるかもしれません

*2:http://fm7.hatenablog.com/entry/2013/06/07/140130

*3:STSも頑張ってよ

*4:Population and familial association between the D4 dopamine receptor gene and measures of Novelty Seeking | Nature Genetics, Dopamine D4 receptor (D4DR) exon III polymorphism associated with the human personality trait of Novelty Seeking | Nature Genetics

*5:Association of Anxiety-Related Traits with a Polymorphism in the Serotonin Transporter Gene Regulatory Region | Science

*6:ただ、実を言えば喫煙しやすくなる遺伝因子というのも見つかっています。これは私が消極的な禁煙論者に過ぎず、喫煙者を犯罪者かのように言う言説に首を傾げる理由の一つです

*7:端的に言うと、遺伝子上ではない、例えばプロモータ領域や、3'-UTRでmRNA不安定性に寄与するような多型、ncRNAやエンハンサーの多型だってすべて普通にgenetic informationだからです。「遺伝的情報」もしくは「遺伝情報」がよい